10 ドクター 続編
”あなたにめぐり逢えてほんとうによかった”
          〜20年間の時間(とき)を越えて〜

written by 花音

「あんず〜、パパが帰ってきたよ〜。お稽古しよ〜」

マヤの澄み切った声が屋敷中響き渡る。

「は〜い。今行く〜!!」

フリルが沢山ついているお気に入りのパジャマを着て、猛ダッシュしてくるあんず。

そんなあんずの姿を見て、会社では絶対に見せない表情をする真澄。

会社では「冷血漢」と言われる真澄でも、家に帰れば親バカ全開のやさしい父親の顔に変わる。


「よし・・・・お稽古始めような」


真澄はあんずをひょいと小脇に抱えてマヤの待つリビングにやってきた。


そして一角獣から借りた王子様のマントを着用する。

「パパ・・・本物の王子様みたいだね」

「そうだよ、パパは何時でもあんずだけの王子様だ・・・・・」

「ほんとう??うれしい!!!」

あんずはいつも以上にニコニコしていた。




かねてから真澄は、あんずの相手役である王子様役の男の子のことが気になっていたのだが、ある日のお稽古のとき、ついにあんずに尋ねてしまった。


「あんず・・・・王子様は誰がするの?」

「クラスで一番格好いい"じゅんくん"。背も高くてホント、カッコいいんだよ」

「パパとじゅんくん、どっちが格好いい?」

「うーん。パパかな?」

つぶらな瞳で真澄を見つめるあんず。
答えが分かりきっても改めて言われると嬉しくなる。

なんだ・・・・俺の考えすぎか・・・・

自分に何度も「考えすぎ」と言い聞かせる真澄。
でもその不安は拭い去ることができずにいた・・・・・・・。



学芸会当日。

真澄とマヤは二人で幼稚園に出向く。
手にはしっかりとデジタルビデオカメラが握り締められている。

この日の為に、プロのカメラマンの所に出向いてこっそり練習もした。

ベストポジションを確保した真澄とマヤはあんずの出番を固唾を呑んで待っている。

「私が舞台に立ったほうがよっぽど楽だわ・・・・・」とマヤは思わず苦笑いしてしまう。

「大丈夫だよ・・・・・俺とマヤの分身だぞ・・・・あんずは。ちゃんと舞台では光り輝くから安心しろ・・・・・」

真澄はマヤの肩をそっと抱いた。



照明が落ちていよいよ「白雪姫」の幕が開いた。


あんずは可憐な白雪姫を一生懸命演じている。
そして誰よりも光り輝いていた。


無事にお芝居が終わりカーテンコールであんずとクラスで一番カッコいい"じゅん"が手をつないで舞台に現れた。

会場からは「あらぁ、お似合いねぇ・・・・・」などと声があがる。
最近の幼稚園児は、時として大人たちが想像しないことをいとも簡単にやってしまう。

じゅんはあんずのほっぺに、なんの迷いもなくキスをしたのだ!

場内はヤンヤやんやの大喝采である。

しかし…。
真澄はたがが子供のしたこととはいえ、じゅんくんに激しいジェラシーを燃やしている。

(じゅんと言ったな・・・・・。"俺の"あんずにキスするとは100万年早い・・・!!次にこんなことをしたらただではおかんぞ・・・・)


後日真澄は学芸会のビデオを編集する。

当然、あのいわく付のシーンはカットされたのは言うまでも無い・・・・。




そして20年後。
そのじゅんくんに真のジェラシーを抱くことになるとは、その時は知るよしもなかった。






あんず25歳。


歌とお芝居の大好きなあんずは、ミュージカル女優として絶大な人気と実力を兼ね備えた女優に成長していた。



あんずは次の舞台公演の打ち合わせのために大都芸能社長室に出向き、真澄に渡された資料に目を通していた。


突然、あんずの視線がある一点に釘付けになった。

そのただならぬ様子に、真澄はあんずに声を掛ける。

「あんず・・・・どうかしたか?」


今まで見たことないあんずの表情をみて思わず不安になる真澄。

あんずは真澄に声を掛けられるといつもと変わらない笑顔で

「うん・・・・。この倉沢 淳・・・ってもしかして、幼稚園が一緒だった淳くんかなって思っただけだから」


真澄は自分の頭の中にある社員台帳のデータから倉沢 淳に関するデータを検索する。

一抹の不安が真澄の脳裏をかすめる。

もしかしたら・・・・・・・。

しかし答えない訳には行かない。


「きっと歳は近かった・・・・・かもしれんな。もしかしたら同姓同名かもしれないし・・・・」

こう答えるのが精一杯だった。


「ふーん。そっか・・・・・」

しかし運命の瞬間はなんの前触れも無く静かな足音を立ててやってきた。


ガチヤ・・・・


社長室のドアが静かに開く。


「失礼します・・・・・・」

甘く、そして低くて落ち着いた声にあんずは思わず振り返る。

そこには紺ブレにブルーのオックスフォードのボタンダウンのシャツ、赤いレジメのネクタイ、オフホワイトのコットンパンツを颯爽と着こなした一人の若者が立っていた。

「遅くなりました・・・・。このたびこの舞台公演のプロジェクトリーダーの倉沢 淳です。よろしくお願いいたします」


あんずは眩しいものを見るかのようにして彼を見つめる。

「じゅんくん・・・・・・?」

日頃から真澄やマヤにスタッフとの付き合い方もきっちり仕込まれているあんずである。いつもなら丁寧な挨拶するところなのだが、それすら忘れ自分の遠い記憶を辿っている。

「光栄だな・・・・・。覚えていてくれたんですね。あんずちゃん・・・・」

彼もここが社長室だということを忘れてあんずを見つめている。


真澄はこの二人の姿を見て、20年前に抱いたあの感情を再び思い出すことになる。

そんな真澄の感情を感じ取ったのか、淳は一瞬にしてビジネスマンとしての顔に戻り、淡々とプロジェクトの説明を始めた。


その日の打ち合わせは何事もなく終った・・・・・・・。



帰り道、あんずはロビーで淳に声を掛けられる。

「よかったら、お茶でもどう・・・・?」


二人は近くのカフェテラスに入る。

偶然の再会に驚きながらも、20年間のブランクを一気に埋めるかのようにいろいろな話をした。

あんずはいたずらっぽい笑みを浮かべながら尋ねる。

「ねぇ・・・・覚えてる?白雪姫のお芝居のカーテンコールで、私のほっぺにキスしたの・・・・・」

淳は真っ赤になりながら、「覚えてるよ・・・・・」とうなずく。

「あの後うちのパパね、大変だったみたいなの。『俺のあんずにキスする悪いやつは子供と言えどもただではおかん!!!』なんて言って、すっごくご機嫌斜めだったんだって。ママがおかしそうに教えてくれたわ・・・・・」

真っ赤だった淳の顔色が一気に青ざめる。

「俺は・・・・そんな昔に速水社長から睨まれていたんだ・・・・」

「大丈夫よ・・・・・もう20年も昔の話なんだから・・・・・・」

申し訳なさそうに謝るあんず。

「今度の公演 いいものにしましょうね・・・・・。わたし頑張るから・・・・」

あんずは軽く淳の背中を叩いた。

そして小声で20年前の自分の気持ちを伝える。


「私ね・・・・幼稚園の時、倉沢くんのこと好きだったのよ・・・・・」

「僕もだよ・・・・・・・」



思いがけない告白に二人はこの後どんな風に時間を過ごしたか覚えていない。
だが、この日の出会いがきっかけとなり、あんずと淳の距離は少しずつ近くなっていった。






淳がプロジェクトリーダーになった舞台公演は異例のロングラン公演になり、プロデューサーとしても淳は成長することになった。


1年間という長い公演もいよいよ千秋楽を迎えようとしている。

その日はあんずにとって運命の日になった。

そして真澄とマヤにとっても・・・。


久々にその日は家族3人水入らずで食事をすることが出来た。

あんずは数時間前に言われたある一言を二人に告げる。


「今日、倉沢くんから結婚しよう・・・・って言われたの・・・・・・・」

いつに無く神妙な面持ちをするあんず。

「おめでとう・・・・あんず。よかったね。あなたの初恋が実って・・・・・」

マヤは自分の事の様に喜んでいる。

真澄はあまりにも突然の告白に一生懸命に事の重要さを理解しようと試みるが、うまくいかない。どんなに仕事の鬼であり頭脳明晰な真澄であっても、ことさらあんずの一大事ともなれば、なかなか理解できないでいるのも無理は無かった。

マヤは真澄の表情を見て助け舟を出す。

「真澄さん・・・・。反対なんてしないわよね。だって倉沢さん・・・・お若いかも知れないけれど、しっかりされているし。若かった頃の貴方に良く似てると思って見ていたのよ・・・・・」



不安そうな面持ちで真澄を見つめるマヤとあんず。

そしてようやく真澄が重い口を開いた。


「あんず・・・・倉沢が初恋の相手なのか・・・・・・?」

「うん・・・・。幼稚園の時。でも、それは初恋だなんて今まで思ったことも無かったの。ほら・・・・私の恋人は、歌でありお芝居だったから・・・・。でもね、1年前に倉沢くんとまた出会うことが出来て、自分の中に眠っていたあの頃の感情が鮮やかに目覚めたの・・・・・」


「そうか・・・・・。分かった・・・・・。幸せになれよ・・・・・・・・。20年のブランク・・・・ちゃんと埋めろよ・・・・。」



「ありがとう・・・・・パパ・・・・・・。ありがとう・・・・・ママ・・・・・・。私、パパとママの子供でよかった・・・・・・・・・」


次の日から淳との結婚に向けて、いろいろな準備をする楽しそうな3人の姿があった。






結婚式当日。

澄み切った青空から眩しいくらいの太陽がキラキラと降り注いで、あんずの着るウェディングドレスがより一層輝いて見えていた。

モーニングを着た真澄はあんずの眩いばかりの笑顔を見て思う。


「あんず・・・・きれいになったな。君が生まれてきた時、俺はとても気が早いかも知れないが、いつか俺の手を離れてお嫁に行くんだよな・・・・って心の準備をしなければいけないなって思ったんだよ。こんな日が永遠に来なければいいとも思ったこともあった・・・・・・・・・・。でも君はちゃんと魂の片割れと思える相手を探し出してきた。

幸せな家庭を築けよ。

倉沢と一緒に・・・・・・・・・・・・・・」


厳かに挙式が始まった。

パッフェルベルのカノンの調べに乗せて一歩一歩ゆっくりとバージンロードを歩く二人。
その先には、これからの人生を共にする淳の姿がある。


真澄は万感の思いを込めてあんずの手を淳に預けた・・・・・・・。


「パパ・・・・ありがと・・・・・・」


「幸せになれよ・・・・・・・」





参列者の中に、あんずを取り上げた産婦人科クリニックの院長 杏子の姿もあった。


「あんずちゃん、おめでとう・・・・。すんごく綺麗になっちゃって。

倉沢くん・・・よね。あなたもチャレンジャーよね。あんずちゃんにまとわりつく世界中の男全員に対して異常なまでのジェラシーを燃やす速水社長を義理の父に持とうだなんてさ。見上げた根性だわ。ホント偉いわよ。

そうそう!あんずちゃんの赤ちゃんも私がちゃんと責任をもって取り上げてあげるから、その時が来たら大船に乗ったつもりで遠慮なく来てね!」


それを聞いた真澄はそっと淳に耳打ちする。

「倉沢・・・・それだけはやめておけ・・・。悪いことは言わない。杏子先生の所に連れて行くのだけは絶対にやめておけ・・・・」

淳はなんのことか分からず目をパチパチさせている。


「あら、速水社長!何を絶対止めとけ?何ですの?」

杏子は余裕綽々の笑顔で真澄に詰め寄る。

淳は目の前で繰り広げられる会話が何のことを指し示すか分かるはずも無い。

だが、真澄の異常なまでの過剰反応を見て直感で言い知れない不安を感じ取る淳。



しかし、「時すでに遅し」であった。


「うれしい!!!私ね、もし赤ちゃんが出来たら杏子先生に取り上げてもらおう!って思ってたの。だからすごいうれしい!!」



あんずの嬉しそうな笑顔の側にはマヤと水城の姿がある。


その光景を見た真澄はすべてを悟ったかのように淳の肩を叩いた。

「もう諦めるほか無い・・・・。何を諦めるかは追って分かる・・・・・。」


思いがけない形で仲間になった真澄と淳。息子が欲しいと願った真澄に思いかけず息子が出来た瞬間だった。



昔と変わらない輝く笑顔で若い二人を祝福するマヤに向かって真澄は言う。

「俺は君と結婚して本当によかったよ。あんずというかわいい娘も出来た。君とめぐり逢ってなければ、家族というものに生涯縁が無かったと思うよ。本当にありがとう・・・・・。何物にも代え難い幸せを与えてくれてありがとう・・・・。」

真澄はそっとマヤの肩を抱く。


「私も・・・・・同じよ・・・・・・・・・・・・」


眩しいくらいの木漏れ日のもとで、学生時代の友達と和気藹々とはしゃぐ二人の姿をゆっくりと寄り添いながら見つめていた・・・・・。


<FIN>



2003.8.10








□待合室の乙女・花音さんより□

30Storysの「ドクター」のお題を書いたとき、あんずちゃんと一緒にお稽古する社長の姿やお嫁に行く時の社長の姿を見たい!!というお声があり、もし書く機会があれば・・・と思っていたネタでございます。

ちびーっとだけ院長に登場してもらいました。あんずちゃんと院長は深い深い縁(えにし)で結ばれておりますものですから・・・・・。



今年初めての夏祭りがとっても楽しいもので、この夏最高の思い出でございますわ!!!

夏生まれの院長が太陽よりも眩しく輝けることを願っておりマッスー!!!







□杏子より□

乙女の、ハートフルストーリー、ここに完結!っと。37・5から始まりました、一連の杏子センセシリーズもここまでの大河ドラマになるとは!
マッスー花嫁のパパだってよ!あぁ、そんな幸せなシャチョー、ぜひともお目にかかってみたいもんだ。
しかし、あんずちゃんのベイビーを取り上げる杏子せんせ〜、一体いくつになってるんだ?シワシワ?いやん。
花音ちゃん、ご多忙のなか、祭特設50mプールに飛び込んでくれてありがと〜!嬉しいよ!
いっぱい、楽しませていただきました!
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