あさきゆめみし3
written by プチャ
 マヤに瓜二つの『紫の上』は紫織の手を取り、こう言った。

「姫を貴方にお返ししましたよ」

紫織は、返す言葉が見つからない。
そのまま促され、奥の間にいる『ちい姫』の下へ行く。
その姿はなんとも清らかで、愛らしくもあり、我が娘ながら、うっとりと見とれてしまう。
しかし、姫は言った。

「お母様、こちらの方は・・・?」

長い年月は、既に自分という人物を消し去っているらしく、『紫の上』を実の母と思っているようだった。
その光景に紫織は何も言えず、涙を流すしかなかった。
夢とは言え、妻となるべき自分が、愛人として扱われるなど、真澄の婚約者として、こんなに屈辱的なことは無い。
ましてや、我が子を取り上げられて、実の母とは名乗れないのだから・・・・・・
紫織は目を覚ましたものの、涙が頬を伝い、止め処なく後から溢れ、暫くおさまる事は無かった。








その夜、真澄が大都芸能で暴漢に襲われたと、突然の知らせを受ける。
しかもそれは、北島マヤをかばった上での事らしかった。
紫織は、急いで病院に駆けつける。
真澄が居る病室のドアの前まで来た時、中から小さく嗚咽する声が聞こえてきた。

「速水さん、ごめんなさい・・・私なんかのせいで・・・本当にごめんなさい・・・・
誰よりも貴方が好きです・・・・貴方を愛しています・・・どんな事になろうとも、この気持ちは変わりません。」

ドアを少し開け、中の様子をうかがうと、北島マヤが泣きながら真澄の手を取り、すがりついている。
真澄の方は意識が無い様子で、頭部や、あちこちに巻かれた包帯がなんとも痛々しい。
紫織は、そのただならぬ光景に、ふと、婚約者としてのプライドを呼び覚まされた。

『マヤさん、こんな所で何をしていらっしゃるの?』

鋭い視線でにらみつける。

「あっ・・・・私はただ、速水さんが、私なんかをかばったばかりに、こんな目にあってしまって・・・ただそれが申し訳なくて・・・・」

『それならもう、この人には触らないで下さい!・・・・貴方はこの人にとって疫病神のような人だわ・・・貴方をかばわなければこんな事には成らなかったのよ!』

「そんな・・・」

紫織は、マヤの腕をぐいと掴み、病室の外へと追い出す。
そんな見幕に、マヤは成すすべも無く、帰るしかなかった。
それから少しして、真澄は意識を取り戻した。

「し、紫織さん、何故、貴方が・・・」

『真澄様、気が付かれたのですね!』

窓際にいた紫織は急いで駆け寄る。
その窓の下の方では、今だ帰ることが出来ずにいたマヤが、窓を見つめながら立っていた。

「誰か居たみたいですが・・・・」

『誰も居ませんわ・・・・・先ほどから私一人です』

「そうですか・・・紫織さん、お願いがあるのですが、看護士に聞いて欲しい事がありまして・・・・」

『どのような事です?』

「北島マヤが一緒に居たはずですが、彼女がケガをしていないか心配で・・・」

『真澄様ったら、本当におやさしい方なのですね・・・でも・・・』

「・・・でも?」

『あの子は、ケガひとつしていません。 それどころか、自分が助かりたいばかりに貴方を置いて逃げていったらしいですわ・・・・』

真澄はその言葉に酷く落胆の色を見せていた。

「そうよ・・・これでいいのよ・・・」

紫織は、真澄の様子に酷く動揺しながらも、必死の自分のついた嘘を肯定唱としていた。






翌日、昨日の事をわびる口実に、紫織はマヤを呼び出し、それと無い会話の中から「紫のバラの人」と言う存在を聞き出した。

「もしかして・・・・」

この瞬間、紫織の中で、一つの答えが導き出されようとしていた。
真澄に内緒で、紫織は伊豆の別荘を訪ね、疑惑の発端となった、あのアルバムをもう一度見てみる。
それはマヤが言っていた「紫のバラの人」と言う人物が援助していた時期と見事に一致する。

「このファイルは何かしら・・・・」

そのアルバムの隣に、あの時には目に入らなかったファイルを見つけた。

「こっ・・・これは・・・・!」

それは、マヤが入学していた学校への多額の寄付金を納めた証明書や、マヤが演じた「忘れられた荒野」を上演した雨月会館と言う劇場の改装による、業者との契約書などだった。
その他、細かい物まで出せばきりが無いほど大量にある。
そして、全ての書類には、速水真澄の名で、署名、捺印がしてあった。
これで全てが繋がった。
紫織は、その場にへたり込んでしまう。
どうして自分があの夢の中で『紫の上』なれないのか、今、はっきりと理解できた。
源氏物語をそのまま地で行くように、真澄は、マヤを幼い頃から援助しつづけていた。
そしていつの頃からかそれは、恋愛の対象となっていた。

「愛されているのは私じゃない!」

紫織はそのまま床に突っ伏すと、激しく嗚咽するしかなかった。

 後日、紫織は全てを悟っても、真澄には何も話さなかった。
それでも、大都芸能の速水真澄にとって必要なのは、北島マヤよりも自分であろうと言う自信もあったし、最後に病室でついた嘘によって、少なからずマヤへ抱いていた恋愛感情も薄れると思っていた。
だが意に反して、真澄は二人で居る時でさえも上の空でいることが多くなり、紫織は焦りと、不安を覚える。
皮肉にもその嘘が、二人をまた近づけようとしていた。
真澄は偶然にも、あの時の病室にマヤがいたという証拠を見つける。
そして、その事を確認する為なのか、マヤを誘い二人でナイトクルーズへ出かける。

『嘘がばれてしまう・・・・・』

自業自得とはいえ、紫織にとってそれは非常に不味い事だった。
翌日、紫織は思い切って真澄に、昨日は誰と会っていたのかを訊ねた。

「すいませんでした・・・・仕事の打ち合わせがありまして、どうしても抜ける事が出来なかったんです。」

『そうでしたの・・・遅くまでお疲れですわね・・・』
あまりの見え透いた嘘に、紫織はそう言葉を返すのが精一杯だった。
すでに、自分が真澄に対して嘘をついていた事など、わかっている筈なのに、本当の事を言ってくれないのがたまらなく哀しい。
まだ、嘘をついてしまったことを攻め立てられた方が、よほど楽に思えた。
それから数日、真澄からの連絡はまったく無かった。
気が付けば紫織は、真澄が居ない時を見計らい、別荘へ一人で訪れる様になっていった。
ここに来れば、真澄の全てを感じていられることができ、一緒にすごしている気がして、今はそれだけが唯一、紫織の心の拠り所だった。






 逢えなくなってから一週間目に、待ちわびていた、真澄からの電話があった。
紫織は喜び、急いで真澄との待ち合わせ場所に向かうも、そこで致命的とも言える最後通告を言い渡された。

「婚約を解消してください・・・・」

僅かに照らしていた希望の光も、深い闇の中へ掻き消されようとしていた。

「・・・・訳を仰ってくださいませんか?」

紫織は小刻みに体を震わせ、真澄に尋ねた。
酷く動揺し、顔色は青白い。

「全ては僕の我侭です・・・それは貴方が一番ご存知でしょう」

『結婚は、私たちだけの問題ではありませんわ・・・・』

「会社の事は勿論、考えての事です。 全てにおける意思決定を鷹宮側へお任せします」

最大の切り札とも言える、大都と鷹通との事を出しても、真澄は態度を変える事はなかった。

『真澄様、私は鷹宮グループ総裁なる者の妻として、貴方がきちんと、私の夫として役目を果たしていただけるのなら、情を交わす相手が一人や二人いても、仕方の無い事だと思っていますのよ』

それは紫織の一世一代の大芝居だった。
今の気持ちはどうであれ、結婚をし、子供を作ってさえしまえば、気持ちをこちらへ向けることなどたやすいと思ったからだ。

「貴方は、本当にそれで満足なのですか?」

真澄のあまりにも核心を突いた問いかけに、紫織は羞恥心のあまり、顔を赤らめる。
富と、名誉と、女を同時に手中にする事が出来るこの破格の条件をのもうとしないことがとても信じられなかった。
プライドを捨ててまで最大限に譲歩しても、誠意を見せてはくれぬ真澄に紫織は、悔しさのあまり、傍にあったコップの水を掛ける。

「ひどい!・・・・酷すぎます・・・・!」

紫織は涙ながらに席を後にした。
車に乗り込むと、震える声で運転手に言った。

「真澄様の別荘へ向かって・・・!」

「本当に、よろしいのですか・・・・?」

紫織のただならぬ様子に運転手は訊ねた。

「・・・・お願い!」

あまりの見幕に、それ以上何もいう事は出来ず、その命令に素直に従った。
夜の高速をひた走り、伊豆の別荘へ着く。

「すぐに戻りますから・・・」

紫織はいつものように、秘密で作らせておいた合鍵を使い、中へ入ると、すぐに真澄のデスクを物色し始めた。
そして、普通ならば気付くことは無い、クズかごの中の小さく丸められたメモを見つけた。
それには「明日、ホテルマリーンの白百合の間で北島マヤ様と」と書かれてあった。

「ぷるるるるっ!」

突然、デスクの上にあった電話が鳴る。
慌てた紫織は、そのメモを握り締め、バッグに入れると車へと戻った。

「もういいですわ・・・」

戻った紫織の表情は、言葉が掛けずらいほど張り詰めており、運転手でさえ、今の紫織に、あまりよろしくない事が起きていることを、容易に想像させた。
自宅へ戻るとすぐさま自室にこもり、そして別荘から持ち帰ったメモを、恐々とバッグから取り出した。
それは何度見ても間違いではなく、二人がホテルで待ち合わせをしている事実がそこにあった。

「嫌、真澄様を失うのは嫌・・・・」

誰の呼びかけも耳には入らず、紫織は暗い部屋の中で、がたがたと体を震わせていた。






どれくらいの時間がたった頃だろう、何処からか、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
その声が聞こえてくる方へ顔を向けると、そこには立派な姿身の鏡があった。
見ると、紫織自身が移っていたものの、それはなぜか十二単を着ていた。

「殿をほかの者に取られるのが、そんなにお嫌かしら・・・」

『嫌なの!・・・・・あの北島マヤだけは嫌!・・・でも、もうどうすることも出来ないのよ!』

「おほほほほっ・・・そんなのは簡単な事、ここにある剃刀を手首に当てるだけで、殿は戻ってくる・・・・」

「死んでしまっては意味が無いわ・・・・!」

「ならば、このまま指をくわえて見てみているの・・・・?」

「・・・・!」

次第に、紫織はその女の言葉に逆らうことなど出来なくなっていた。
そして、鏡の横にある化粧台に置かれてあった、剃刀を手首に持って行く。

「そうよ、あの二人を幸せにしてたまるものですか!・・・・きっと、真澄様は私の事を選んでくださるはずだわ・・・」

次第に高まる気持ちと共に、剃刀を横へと引いた。

「ああっ・・・!」

左の手首から、赤い血が肘へと伝い、滴り落ちてゆく。
やがて意識が朦朧としてくると、最早、体は耐えられず、その身を床へと横たえさせた。

「貴方は誰・・・?」

薄れてゆく意識の中で、紫織は女に尋ねた。 いつの間にか、その女は鏡を脱け出して、紫織を見下ろしていた。

「貴方が一番よく知っているじゃない・・・夢の中で『六条の御息所』と呼ばれていた 貴方がね・・・・」

紫織はゆっくりと目を閉じ、その瞳からは涙が一筋こぼれた。

「愛しています・・・真澄様・・・・・・」

『うふふふっ・・・・・くすくすくすっ・・・・』

紫織しか居ないはずの部屋に、女の笑い声がいつまでも響いていた。



 それは夢と現実の境が消えてしまった瞬間だった。                        


2003.6.22



…to be continued








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