| あの夏、一番美しい花火 1
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「私なんかに好きだと言われたら、困るでしょう。重すぎて、邪魔で、困るでしょう」 黒い8月の夜空に、次々と光の華が咲く。光の残像に目を潰され、お腹のそこにまで、ズン、ズン、と爆音が響いてくる。 ――言ってしまえばよかった―― 死ぬほど愛する人が、すぐ隣に居る。 死ぬほど思いを伝えたい人が、隣で息をしている。 ――花火の爆音にかき消されたふりをして、夜空の下に”好きだ”と言ってしまえばよかった―― 死んでしまう私は、愛しているなんて、死ぬほど好きなあなたに言えない。 あなたの曇りのない未来に、影を落とす焼け残りの灰になどなりたくない。 夜空に砕け散る、紅い花たちを見ながら、どうして私の思いも、こんな綺麗に砕け散ってくれないのだろうか、と私は思う。たった一度だけでも、一瞬だけでも、この夜空にこんなにも美しく咲き乱れ、あなたの顔を照らし、そしてあなたに「綺麗だ」と言われることができるのであれば、私は今すぐにでも死んでしまっても構わないのに。 それが出来ない私は、ただ願う。 あなたが、あの夏の花火を……、私と一緒に見たあの夏の花火を、いつまでも覚えていてくれること、それだけをただ願う……。 ![]() マヤは、そこまで読むと、パタンと本と閉じた。 ”あの夏、一番美しい花火” というタイトルのそれは、この夏、終戦記念日に放映される2時間のドラマスペシャルの原作本だ。いうまでもなく、主人公の夏花を演じるのは、マヤである。 ドラマの脚本は都合上、一部設定などに変更はあるが、脚本にはない主人公の細かい心の動きが微細に渡り書き記されたその原作を、マヤは一気に読み通した。 昭和16年。 大戦のため、花火の打ち上げが禁止される前の最後の夏、 主人公の夏花は、結核を患い余命幾ばくもないと宣告される。 「これから死ぬ人間に、愛など告白されたら負担に思うだけ」 と、死ぬほど愛する男に、その恋心を伝えられずに居る。 その男に誘われ出かけた花火大会で、 「好きな男は居ないのか?」 というその男の問いに、夏花は冒頭の答えを呟く。 ”間もなく死ぬ人間に、人を愛する資格などない” そう心を苦しく、縛るのだ。 けれども、運命は夏花の予想もしなかった方向に、動き出す。 疎開先での療養が功を奏し、夏花は結核を生き延びる。しかし終戦後、再び戻った東京で思いを伝えようとした夏花が耳にしたものは、その男の戦死だった。 花火大会のあった河川敷で、夏花は激しく嗚咽する。 『あなたの美しい黒髪も、あなたの白い首筋も、あなたの細いその指も、もう二度と見ることはないのでしょうか。 この肉体が、奪われ、引き裂かれ、滅び、朽ち果てる代わりに、 私はあなたへの思いの塊をここへ残していきます。 死ぬかもしれない私が、今、思うことは、戦争なぞない世の中で、 あなたが幸せに、まっすぐに、生きてくださることです。 あなたを愛しておりました。』 出征の日に、「もしも自分が帰らなかったら渡して欲しい」と、家族に残された夏花あてのその手紙を読み、夏花は土手の草をむしり、何度も何度も拳を土の上に振り上げる。 病のせいにし、臆病になって想いを伝えなかった自分を激しく責める。 そして、自らの命と引き換えに、鮮烈にその魂を残していったその男を、狂うほどに欲する。全てを奪い去った、その無益な「戦争」という名の化け物に、吐くほどの怒りと悔恨をぶつける。 けれども、どれだけあの夏の花火の日に、記憶を戻したところで、何一つ夏花のもとには戻ってこないのであった。 ![]() 小説はそこで終わっているが、ドラマでは再び花火大会が再開された平和な夏祭りを、夏花が一人で歩くシーンで終わる。台詞はなに一つない。 夏花は、あの夏、男に買ってもらったりんごあめを買い、一口薄くかじると、その甘さにただ涙するのだ。 ねっとりとした紅い蜜が、前歯に絡まる。 新しく用意した浴衣は、柄は違えど、あの日と同じ紺色だ。 「早く!!早く!!花火、始まるぞ!!」 ひょっとこの面をつけた、小さな子供の声が、夏花の脇を通り抜けていく。紅い汁に染まったりんごのかけらが、ゆっくりと喉を通った瞬間、背後で、戦後最初の花火が上がる。 一斉に歓声が上がり、誰もが夜空に舞ったその夏の華に酔ったその一瞬、夏花の手から、紅いりんごが落ちる。 夜空に散る、その鮮烈な赤や青や黄に、目を潰され、夏花の瞳からは、涙という名の透明な血が、ただ零れ落ちる。 「カットーーーっ!!」 ラストシーンを切り取る声とともに、マヤは夏花から解放される。だけれども、心はまだ深く、深く、捕らえられ、マヤは動くことさえ出来ない。 その時、背後に自分を今、この世で誰よりもうろたえさせることが出来る人物の声が、刺さる。刺さると言うような鋭さは、その声にはなかったにも関わらず、やはりそれは、刺すほどの衝撃をマヤに与える。 「ラストシーンだけでも、いいドラマになったことがよく分かるカットだった。ご苦労だった」 会えば何か意地悪な言葉をかけられるばかりだったマヤには、真澄のそのねぎらいの言葉は意外なふうに響く。 「どうした、返事はないのか?無理もないな、君はまだ役の真ん中に居るようだ。どうだ、役のままついでに、俺と夏祭り散策は?」 マヤは今度こそ、驚いて息を止める。 ――速水さんとあたしが?―― どうしてこの人は、いつも突拍子もないことを言って自分をかき回すのだろう。そういえば、何年も前に同じように唐突に、縁日に連れ出されたようなこともあった。 マヤが無言なのをいいことに、真澄はディレクターに2,3声をかけると、あっという間にマヤを人ごみの中へと引っ張っていった。 撮影はセットではなく、臨場感を出すためにロケで行われていたのだ。花火だけは、膨れ上がる人ごみを懸念して、別撮りしたものをあとから被せることになっていたが、今日は実際にこのあとここでは花火大会も始まるらしい。 ざわざわと辺りがにわかに活気付いてくる。そして、自らの胸の奥も、同じようにざわざわと騒ぎ出すのを、マヤはどうすることも出来ずにぼんやりとやり過ごした。 2003.8.11 |
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