| 紅に纏わる紫の影 3
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| written by YOYO
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「杏子、お前さん、紫色の薔薇って見た事あるか?」 また唐突なデスクの質問が始まった…。 「紫ですかぁ?ワインレッドとかだったらありますけど、紫はないかな…。」 「それがな、舞台はじめた当初から貰っていたんだよ。紫の薔薇の花束。」 「誰がですか?」 「…お前なあ…。北島マヤだよ。」 今朝は、とりあえず出社して、それから大都劇場に向う予定だ。 で、出社早々デスクにつかまった。 「ところが、紫の薔薇の贈り主は誰だか不明なんだよ。関係者の間では有名な話なんだがな。その 謎の贈り主は、北島マヤの全ての舞台を観劇し、身寄りのない彼女が高校へ行く費用を持ち、彼女 が出演する劇場の修繕をした…。まあ、一種の足長おじさんみたいなもんだな。」 「へえ…」 今時、そんな物語みたいな話があるなんて。 どこの物好きなオヤジのしわざなんだろう…。 「どんな人か想像つくか?」 「まあ、どこかの大金持ちのおじいさんとか…。金とヒマを持て余しているような。」 デスクは、フンッと笑うと 「その辺が普通思いつくところだよな。」と言った。 「ところが、北島マヤはその紫の薔薇の人に恋をしている…という噂があるのさ。」 「おじいさんを…ですか?あれ?謎とかいって、彼女は知っているんですか?正体を。」 「さあなぁ…、そればっかりは本人に聞いてみないとな。」とニヤリと笑った。 「紅天女の舞台は、彼女は全て紫の薔薇の人に招待券を贈っている。劇場の中で一番の席を。だが、 今までその席には誰も座ったことがないらしい。つまり、その人は自分で取った違う席に座ってる のさ。」 「また、なんで…?一番いい席なんでしょうに。もったいない。」 「正体がばれると困るんじゃないか?」と、またニヤリとする。 「なんでその人、そんなに自分の正体隠すんでしょう?」 「そこが面白いところだよな。うまくすれば最高のネタになるぞ。」 「…、デスク…今日確かめたい事って…?」 「さ、仕事しろ。」そう言って、さっさと席を立ってしまった。 昨夜目撃した黒いフェラーリ。 助手席には北島マヤが、運転していたのは大都芸能社長、速水真澄氏。 北島マヤはもっと垢抜けない、まだ、大人の女にすらなっていない女優だと思っていた。 だけど、昨日見た彼女は、私の予想を覆した。 楽屋の鏡の前の彼女、そして大都芸能へ向う電車の中の横顔は、恋する女の顔だった。 彼女は22歳。恋していないほうが珍しい年齢。 だけど、今の話でいけば、彼女の相手は速水氏ではないんじゃないの? だって、数年前まで北島マヤと大都芸能との確執は業界内では有名だったはずだ。 私が入社する前の話だから、これは先輩記者から聞いた事だけど。 社長が母親を監禁したとかしないとかで、北島マヤが契約を破棄して結構な騒動になったらしい。 それが、一昨年の紅天女の試演の後、一転して彼女は大都芸能と契約した。業界内では、大都芸能 が紅天女の上演権を持った彼女に、破格の契約金を提示したとか、社長の速水氏が世間知らずな彼 女をだましたとか…、ま、いろいろな噂が流れた。 速水氏はとにかく、冷血漢だとか仕事の鬼だとか、冷たい噂がまとわりついている人物だ。しかも、 つい昨日婚約解消が明るみに出たけれど、それまでは経済界のドン、鷹通の会長の孫と政略結婚す る予定で婚約までしていたのだ。 彼女の相手が速水氏だとしたら、なに?速水氏が紫の薔薇の人? 足長おじさん…? しかも、北島マヤの恋の相手? ちょっと、ちょっと、デスク…さすがに違うんじゃないの? それが本当だったら業界内の誰もが腰を抜かすよ、きっと。 などと、過去の新聞や雑誌の切り抜きをめくっていたら、また唐突に声を掛けられた。 「百聞は一見にしかずって言うじゃないか。ほれ、行くぞっ!」 「え?もうですか?開演夕方の6時ですよ?」 「…お前なぁ…、北島マヤの楽屋入りの時間調べたかよ?」 「あ、えっと11時半です…、あぁっ!はいっ、行きますっ!!」 時計の針は10時40分を指していた。 ![]() 今朝はいつもより早く目覚めた。 私は指示されていた楽屋入りの時間より、一時間も早く劇場に着いた。 本当は、舞台本番中はマネージャーの田丸さんが送迎してくれることになっていた。 だけど、今日はどうしても早く行きたくなったし、田丸さんを一時間も早く起すのもためらったし、 結局一人で来てしまった。 一階の客席の後ろのほうに腰掛け、田丸さんに携帯からもう到着してる事を連絡した。 「えー、もう着いてるの?これから迎えに行こうと思っていたのに。じゃあ、直接行くねっ!」と あせった声が返ってきた。 やっぱり、勝手に来ちゃって悪かったかな、明日はちゃんと迎えを待とう…。 舞台の上では、スタッフが忙しく動いている。 舞台装置が着々と出来上がっていく様子は見ていても面白い。 13時スタートのゲネプロには全て完成しているはずだ。 舞台装置が出来上がり、役者が揃い、そして客が入り、一つの舞台が完成していく。 この高揚感。 今日、この舞台で私は再び紅天女になれる。 昨日はもう演れないとまで思っていたけれど、今はまた演れる喜びでいっぱいになっている。 去年は、底辺の悲しみを隠して、ただ無償の愛を注いだ紅天女。 そして、今日は…。 今までとは違う紅天女になるかもしれない。 ![]() 「デスクぅ…、すみませんっ!もう入ちゃったそうです。北島マヤ…。」 「えっ!まだ11時10分…。」 「はい…、なんだか一時間近くも早くに着いたそうで…。」 「なんだよ…。今日の顔、撮っておきたかったんだが。…自宅まで行っときゃよかったな、おい。 甘かったなぁ。…ま、いいや、次の大物を狙おう。」 「速水真澄氏ですか?」 「そういうこと。」 デスク…すっかり、紫の薔薇の人=北島マヤの恋人=速水真澄氏って思考回路だわ。 普通に考えたらナイと思うけど…。 けれど、このデスクの勘は鋭い。 勘だけじゃなく、情報収集能力もずば抜けてる。 っていうか、どこからネタを仕入れてくるのか知らないけど、業界のたいていの裏事情に通じてい る。 デスクの勘は、実は真実を突いているのかも…。 だとしたら、昨夜の黒いフェラーリ…、あの後どこに行ったのだろう…。 私はわくわくする気持ちを隠せないでいる。 ![]() 結局昨夜は、公園で私のお腹が鳴ってしまい、彼はおかしそうに笑うと、「何か食べに行くか。」と 言って、夜中でもおいしい料理を出してくれる小料理屋に連れて行ってくれた。 なんだかなぁ…。私もそんな時にお腹を鳴らす事無いのに…。 でも、彼と話をしたら体中の緊張がほぐれて…、安心して…、お腹がすいた事に気が付いてしまっ た。 食事をして、帰る車の中で、 「明日が初日だからな…。徹夜させるわけにはいかないな…残念だが今夜は大人しく帰そう。顔に アイスノン乗っけて寝ろよ、チビちゃん。」と言われた。 さんざん泣いて、自分でも顔が剥れているのを感じていたけれど、そんなことをわざわざ指摘され て、つい…、 「もう、そんなことわかってますっ!私も女優のハシクレですからっ!」と口ごたえをしてしまっ た…。 そういうところが、チビちゃんと未だに言われる由縁なんだろうな…。 でも、それが心地いい…。 きっと彼のあの言葉は、照れ隠しもあったに違いないのだ。 別れ際の優しいキスと、彼の微笑みを思い出した。 「マヤちゃん。やっと追いついたよぉ。」 「わ、田丸さんっ!すいません…。」 「…ちょっと、なに笑ってんの?何かいいことあった?」 にやけた顔で振り向いた私に鋭い突っ込み…。 「いや…、なんでもないです。」 「ふーん。なんだか今日は調子いいみたいだね。安心したよ。いい初日にしようね。さ、そろそろ ミーティング始まるみたいよ、役者もだいぶ揃ってた。行こう。」 「はいっ!」 私は女優の顔になり、歩き出した。 ゲネプロの幕が下りた瞬間、桜小路くんから興奮した様子で話しかけられた。 「マヤちゃん…、今日の紅天女…。驚いたよ。台詞一つ変えてあるわけじゃないのに…。すごい初 日になりそうだね…。」 そして、黒沼先生はすれ違い様、 「北島…、化けたな。はははは…」と笑い、肩を痛いほど叩いた。 ![]() 「あ、速水氏ですよっ!」 と言った言葉も終わらないうちに、デスクが走り出した。 私も必死で後を追い、大都劇場関係者駐車場に止めた黒のフェラーリに詰め寄った。 「速水社長ですね、2、3お伺いしたいことがあるんですが、よろしいですかね?」デスクが言う。 速水氏は、こちらに一瞥を向けた。 写真の通りの、端正な顔。 そして鋭い目…。 これに本気で睨まれたら足が竦んでしまいそうだ。 夢中でシャッターを切った。 「どこの記者だ?何の用だ。」 「週刊女性エイトです。社長の婚約解消の理由をお聞きしたい。」 「個人的なことだ。答える必要はない。」 まっすぐな黒髪を持つ女性が間に入る。 「取材でしたら広報を通して下さいませ。」 「水城くん、あとは頼む…。」 それだけ言うと、速水氏はさっさと劇場の入り口に消えてしまった。 「水城…、ああ、たしか社長の秘書をなさっている方ではないですか。」 「ええ。ご用件が済んだのでしたらお引取りくださいな。」 「まあ、あせらんでくださいよ。秘書の方なら知っているかもしれない。 速水社長、世の中には紫色の薔薇があるってこと、ご存知なんじゃないですか?」 一瞬、水城秘書のサングラスの奥の瞳に動揺が走ったような気がした。 「おっしゃっている意味がよくわかりませんわ。」 「…そうですか。じゃ、意味がわかったら、こちらに連絡いただけると助かりますね。」 デスクが自分の携帯番号が書かれた名刺を差し出した。 彼女は無言で受け取ると、劇場に去った。 「…ちょっと、デスク…。どうなんです?やっぱりあの冷血社長が紫の薔薇の人なんですか?」 「お前はどう思うよ?」 「うっ…どうだろう…。でも、たしかに婚約解消はひっかかりますよね…。」 「まあ、あとは、イロイロ裏も取らないとな…。今頃は、社からあっちの広報にも連絡行ってるは ずし、うまくすれば向こうからアクションあるさ。」 社長の速水氏が、秘書を伴っての観劇に社用車を使わずにわざわざ自分の車で来た…。 もしかしたら…。 …私、すごく興味を持っている。 正直言って、今まで担当した記事は全部命令だったから調べただけだし、記事にしただけだった。 時には、いい加減な裏の取れない話をちょっと人目を引くような記事に仕立てたときだってある。 だけど、この北島マヤと速水真澄氏…、きっと何かある。 紫の薔薇の所以もそそられる。 二人の間に何があるのか。 初めてかもしれない…、自分から知りたいと思ったのは…。 そして、真実を書きたい…。 ![]() 「社長、ちょっとよろしいでしょうか?」 本番前、楽屋で彼と雑談していたときだった。 水城さんが遠慮がちに楽屋に現れ、彼に声をかけた。 「どうした。なにかあったのか?」 「はい…、ちょっとこちらへ…。」 どうやら私の耳には入れたくない話のようだった。 仕事の話だろうと特に気にもせずに自分の衣装など眺めていた。だが、この楽屋はほかの楽屋とは 違い、監督以下みんな気を遣って、静かに過ごせるように、本番前の雑音が入らないようになって いる。 廊下の小さな声だって、聞こえることもあるのだ。 水城さんと彼の声が、とぎれとぎれに聞こえる。 「週刊女性エイト?……さっきの…」 「ええ、あの……広報を通して……連絡あり……紫の薔薇……」 「そんなことまでか?…止めろ…。」 週刊誌、紫の薔薇…。 この単語の意味するところは…。 「速水さん?何かあったの?」 廊下に顔を出し、静かに尋ねた。 「なんでもない、仕事の話だよ。君が心配しなくても大丈夫だ。」 「そうよ、気にしないで、マヤちゃん。さ…」 二人が私を促すように楽屋に戻った。 本番前の私に聞かせられない話。 二人が気を遣うのはわかる。 今までの私は、周りの雑音にいちいち振り回され、女優の仮面を何度も壊してきたのだ。 でも、そういう自分とは永遠に別れたい。 もう、そんな弱い守ってもらうだけの自分でいたくない。 自分のことを自分で把握して、自分の足で立って、そして、本当の女優になりたい。 それが、私と真正面に向かい合いたいと言ってくれた彼に対する私の答えでもあるのだ。 「聞かせてください。私にも関係する話なんでしょう。」 「…じゃあ…、今夜、舞台がはねたら…。」 「今、今聞かせてください。私、大丈夫だから。」 彼の目を真っ直ぐに見て言った。 私をしばらく見詰めて、覚悟を決めたように笑った。 「本当に君は、突然何を言い出すかわからないな。 本番前には余計な話は聞きたくないだろうに。変わった子だ。」 「社長…。」心配そうに水城さんが言う。 「ああ…、でも、言おう。たいした話じゃない。差し止める記事の話だ。」 「記事?」 「ああ、女性週刊誌が、どうやら俺が紫の薔薇の人だと突き止めたらしい。 まあ、本気になって調べれば、いずれわかることだからな。 その上で、婚約解消の話と絡めて、君のことも絡めて、おもしろ可笑しく記事にしようというとこ ろだろう。安心しなさい、すぐに差し止めるから。」 思いもかけない事実。 私の紫の薔薇が世間の人の知るところになる。 そして、私と彼のことも明るみに出る。 どこまで調べたことなのか、どこまで真実を掴んでいるのか。 差し止めることは簡単なこと。 だけど、それでいいの…?また、私は守ってもらうの? 「いえ…、記事にしてもらっても私は構いません…。」 「なに?」彼が訝しそうに眉を顰める。 「…記事にしてもらっても、いいって言ってるんです。」私は微笑み返した。 「何を言ってるんだ。…今回止めなくてもいずれ出てくる話かもしれないが、 今、出すべきじゃない。この公演は3ヶ月も続くんだ。それなのに…。」 そこで彼は言い淀む。私が演れなくなるのを心配してくれているのだ。 「大丈夫。私、何があっても紅天女になり続けられます。本当にそう思うんです。ただ、記事にす るにあたって、私から条件がひとつだけ…。」 「条件?」 「はい。必ず、私の紅天女を観てから記事を書いてくださいって。それだけ…。」 彼は少しの間、私を不思議なものを見るように黙って見ていた。 そして、小さく笑うと 「水城君、こういうわけだ。その通り伝えてくれ。ただし、掲載前に俺が必ず記事をチェックする という条件も付け加えてくれ。その段階で醜悪な記事だと判断したら、俺が力ずくでも記事を差し 止める。」 「かしこまりました。」 水城さんは、私を見てにっこり笑うと楽屋を出て行った。 「驚いたな…、君がそんなことを言うなんて…。なんだか、突然大人になったみたいだな。」 あきれ顔で、だけど嬉しそうに彼は言う。 「べっ別に、突然大人になった訳じゃありませんっ。速水さんが気が付かなかっただけで、私は前 から大人だったんですよっ。」 彼はプっと噴き出して、それから大きな声で笑った。 「そうか、それは失礼した。これからはもうチビちゃんとは呼べないな。」 そうだ…聞きたかったことが一つ…。 「速水さん…。今日はどの席から観るの?」 今までは、紫織を伴い大都芸能の社長として観劇していた。 今日は…、今日はどうするんだろう…。 彼は私にキスをして、 「決まってるだろ。」と言った。 本番まであと50分、彼は頭をポンポンと叩いて楽屋を後にした。 私は、紅天女へ生まれ変わる。 4.16.2003 ![]() |