思い人 1
written by 子リス
"コンコン"

「およびでしょうか真澄様」

「ああ、聖」

大都芸能の速水真澄が彼を呼び出すのは、正攻法で処理不可能なやっかい事。

「急にすまないな」

そしていつも決まって突然だ。

「いえ」

彼、聖唐人は短く答えた。
ここは大都芸能の社長室。社長の真澄の性格の表れか、はたまた彼の秘書が優秀なのか、初めてことを訪れる者が、"理路整然"という言葉を思い浮かべるほどきちっと整理されていた。
今は深夜の2時。唐人は約束の時間ピッタリにこの部屋を訪れた。そして、あくまでも冷静に真澄の言葉を待った。

「聖、俺の親父殿が、通産省の清水大臣との会食を写真に撮られた」

 真澄の父速水英介は、運送業から身を起こし、今や芸能プロダクションまで事業を手広く展開する実業家だ。その中で、若いころから知り合いである清水とは、時折食事をする仲だった。だた、お互いに世の中を左右する立場の二人が食事をしていたとなると、あらぬうわさも立つということでそれなりに気を使っていたのだが・・・。

「だからあれほど言ったんだ!いくら旧知の仲だってあまり政治家と親しく食事をするのはどうかって」

 真澄は大きくため息をつき、唐人を見つめた。

「ということで、聖。わかっているだろうがこの写真とネガを手に入れてくれ」

「はい。ところで、写真を撮った人物はもうわかっていらっしゃるのですか?」

「ああ、今はフリーのカメラマンをしている。山口波海(なみ)という女だ」

真澄は、唐人以外の部下が手に入れた波海の写真を見せた。

「わかりました」

 そう言うと、唐人は部屋を出た。

 真澄は唐人に対し多くを命令しなかった。この最小限の会話が二人の信頼関係の証だった。だからこそ唐人も真澄のためにすべてを捧げることが出来るのだった。

「さて、とにかく女に会わなきゃな」

 唐人は、波海のことを調べ始めた。







 波海はいつもの店で、いつものカクテルを飲んでいた。そんなにお酒が強くない波海だが、ジャズの流れるこの店の雰囲気が好きで3年前から通っている。いわゆるバーと呼ばれるこの店は、ほとんど店内に客もなく、マスターと何人かの常連でなりたっている店だった。

「ねえ、クニさん。最近すごいスクープ撮っちゃった」

 波海は店のマスター通称クニさんとよばれる男に話しかけた。このマスター、こちらから話しかけない限りめったに口を開かない変わり者だが、どんな話でもいやな顔一つせずじっくり聞いてくれる。そんな人柄がここの常連に愛される所以だった。

「そうですか」

 マスターが一言返答した。

「でもね、まだ裏が取れてないから・・・」  

"ギーッ"

古びてちょうつがいが悲鳴をあげている重いドアを開けて、一人の男が入ってきた。

「いらっしゃい」

 男は、マスターを一瞥するとかるく頭をさげ、真っ直ぐ波海の座っているカウンターの方へ歩いてきた。

「ここよろしいですか」

 波海に一言断りの言葉をかけると、波海がうなずくのを待って隣に腰を下ろした。
 ちらりと男の顔を見た波海は、瞬間にしてその男に釘付けになってしまった。

(綺麗・・・)

隣にいた男はあまりにも整った顔をしていた。長いまつげ、筋の通った鼻、顎からうなじにかかるシャープなライン、そし肩に掛かるサラリとした髪。

そんな波海に気付いたのか、男は波海の方を向いてニコリと微笑んだ。

「うっ!!」

波海は真っ赤になりながらあわてて視線を外した。

(なんて、整った顔をしてるんだろ。でもなんか冷たい感じだな)

 波海はそんなことを思いながら、一気にカクテルを飲み干したところに男が突然話しかけてきた。

「山口波海さんですね」

 男は波海を見ようとせず、真っ直ぐ前を向いたまま言葉を発した。

「・・・!!」

"ゲホゲホ"

「大丈夫ですか?」 

波海は予期せぬ出来事と、あまり強くないお酒を飲み干したせいで思わずむせてしまい、男の質問にまともに答えることが出来なかった。

「それより、なんで私のことを!?」

 波海が尋ねると、男は名刺を取り出し波海に差し出した。

「私、セブンジャーナルの松本というものです」

 男が差し出した名刺には確かに"松本慶和"という少し硬い感じの名前が記されていた。唐人が作り出した架空の人物ということを除いて・・・

「セブンジャーナル?聞いたことないわね」

「最近創刊されたばかりなんですよ」

 唐人は予期していた質問に用意しておいた当たり障りのない答えで返した。

「そうなんだ」

 どうやら納得した様子の波海に、唐人はなおも話続けた。

「自己紹介をした早々なんですが、山口さん。かなりいい写真撮られたようですね?」

「いい写真?」

 波海は、この松本という男(正確には聖唐人なのだが)が何を言っているのかわからず怪訝な顔を向けた。

「ほら、あの大都の速水氏の・・・」  

「えっ!・・・」

 大きく目を見開いた波海は、しばらく唐人の横顔を見つめていた。しかし、言い逃れをしても無駄だと悟ったのか、ふっ笑い視線をはずした。

「どうやらわかっていただけたようだ」

「それがどうかしたの?」

 その言葉を待っていたとばかりに、今まで波海の方を見ることもなく話続けていた唐人が波海を真っ直ぐに見つめた。

「その写真をいただきたい」

「えっ!?」

 波海は少し驚いたが、唐人から視線を外すことなく言った。

「だめよ」

「お金はあなたの言い値を出させていただきますよ」

「だめ、お金の問題じゃないから」

「じゃあ、どういう問題?」

「だめ、教えない」

「あなたは、だめ、だめばかりだ」

 波海は唐人の言葉に思わず苦笑してしまった。

「ほんと、だめ、だめばかりね。でもだめなものは、だめ!」

 そんな会話がしばらく続いたが、とうとう波海からは「YES」の一言は聞き出せなかった。

「じゃあ、今日はこの辺で」

「えっまだ諦めてないの?」 

 唐人は、ふふっと笑っただけで何も答えず店を後にした。

「へんなやつう」

 波海はこの風変わりの男を思い一人微笑んだ。







 今日も唐人の読みどおり、波海はあの店にいた。
唐人は、波海を見つけると何の躊躇もせず隣に座った。

「こんばんは」

 あっ!と声を漏らした波海はうんざりした様子で言った。

「松本さんだっけ。また来たの!」

「名前を覚えていてくださったんですね。これはいい兆候だ」

「ほんとおめでたい人ね」

「私は結構、諦めが悪いほうですから」

「私は結構、頑固よ」

「ふふ」 

「はは」

 二人は顔をお互いに顔を見合わせて笑った。

「今日は聞かせてもらいますよ。あなたが頑なな理由」

 唐人は話の確信を突く前に堀から固めていく作戦に出た。それは波海にもわかったのか、例のごとく唐人を真っ直ぐ見つめて言った。

「今日は"いただきたい"から入るじゃないの」

「あっはは」

 自分の作戦を突かれ思わず笑ってしまった。こんな女初めてだ。

「まあ、いいわ。あなたしつこいから教えてあげる。その前に何か頼んだら。」

「あっ!」

 思わず声を漏らしてしまった自分に慌てて、唐人は波海から視線を外した。

「じゃあ、ウイスキーロックで」

 すっかり波海のペースの自分がいる。他人のペースに巻き込まれるという経験のない唐人にとってそれは新鮮な感覚だったが、イヤという感覚はなく、むしろ心地よいとさえ感じる自分にとまどっていた。

(何なんだ)

 そんな同様を悟られまいと唐人は続けた。

「では、お聞かせいただきましょうか」

「週刊ライフって雑誌知ってる?」

 波海が話し始めた。

「ええ、あの芸能ネタなどを載せている雑誌ですよね」

「そう、その編集長がちょっとピンチなのよね。これ以上売れ行きが悪いと廃刊なんだって。アタシ駆け出しのころ全然仕事がなくってさ。そんな時に使ってくれたんだよね。写真。だから今こういう芸能ネタの写真やってないんだけど。恩返しってとこね。わかってくれた?」

「ええ」

 と、唐人が短く答えた。

「そう。わかってくれたのね」

 波海は唐人にうれしそうに笑顔を向けた。唐人はその笑顔に一瞬ドキッとしたが、波海に悟られまいと慌てて言葉を続けた。

「理由はわかりました。だが、それは私が写真を諦める理由にはならない」

 唐人の言葉にあんぐり口を開けた波海だが、すぐにふくれっ面になりそっぽを向いてしまった。
 そんな波海の様子に少なからず罪悪感を覚ええるが、こうなったら奥の手しかないなっと、唐人は次の行動にでた。
 唐人は波海の座っているカウンターの回転椅子を自分のほうに向かせると、波海に顔を近づけた。そして、驚いて目を大きく開ける波海の右のほほに手で触れ、キスをしようとした。

(女なんて惚れさせてしまえばこっちのもんだ!)

 実際こうやって何人もの女から情報を仕入れているわけで、これはあくまで自分の仕事と割り切ってやっていた。しかし、今回は波海に近づきながら自分の胸に違和感を覚えていた。 (何だか痛いな)

 そう思いながら、唇が触れる瞬間

「あっ!!」

 唐人は実際何が起こったのかしばらく理解できなかった。

(何なんだ!)

「何すんの!」

 波海の言葉でやっと我に返った唐人は、波海に両頬をつねられている事に気付いた。

「何、ってキスを」

 自分でもバカなこと言ったとすぐに後悔した。いつもの俺じゃない

「そんなことわかってる!アタシはバカじゃない!!」

 波海はますますふくれっ面になり、さらにつねる指に力を込めた。

「あイテテ!」

「二度とこんなことしないで」 

 そういって波海は唐人に背中を向けてしまった。

「すみません」

(おいおい、俺、何あやまってんだ!どうしたんだ)

 しばらくふたり言葉を交わさずに座っていたが、これ以上波海の隣に座っていることが苦しくなった唐人は

「では、」

 と言って店を出た。当然のことながら波海からは何の返事も返ってこなかった。



 店を出た唐人は、波海に対し、罪悪感とそこに確かに芽生えたもっと別の感情にとまどっていた。

この俺が・・・

唐人が、初めてターゲット対して甘い感情を抱く
そんな思いを消すかのようにタバコに火をつけるが、そんなもので消えるわけもなく 訳もなく動揺している自分に思わず苦笑してしまった。  






6.30.2003



…to be continued












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