思い人 2
written by 子リス
 あの日以来、しばらく店に行けずにいたが、どうしても波海に会いたくなってまた店のドアを叩いた。
 そうすると案の定、波海がいつもの席に座っていた。

「こんばんは」

 唐人が波海の席の隣に座ると、思いっきり波海が睨んできた。

「また来たんだ」

 あからさまにいやな顔をする波海に思わず笑みがこぼれると、波海は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「変な人ね」

 そして波海もクスクスっと笑った。

「今日はあなたとおしゃべりに来ました」

「そう。でもこれだけは覚えておいて。アタシのキスは、本当に好きな人にしかあげないの!わかった?」

「わかりました」

 そしてお互いに見つめて笑った。



 そんな関係が何日か続いた。
 波海は本当によく笑う女だった。クルクルと表情を変え唐人を見つめる瞳に思わず任務を忘れそうになる。そして、時々遠くを見つめて何を考えているのかわからない表情し、唐人を不安にさせる。

「あなたってホント自分のこと話さないのね」

「そうですか?」

「アタシばっかしゃべってる。これじゃあまるでおしゃべり女みたい」

 唐人は思わず微笑んだ。その顔を見ていた波海が悲しそうな顔をした。

「また、そんな顔をする。あなたのその仮面は鉄壁ね」

 唐人は波海が何を言っているのか理解出来ずに怪訝な顔をしていると、波海が言った。

「あなたの笑顔きらいよ。本当に心から笑ってないように見える」

 唐人は、はっとした。自分では気付きたくなかった部分を波海にずばり言い当てられてしまったのだ。

「はは、そんなことないですよ」

「まあ、しょうがないか。写真ほしくて無理やりしゃべってるんだもんね」

 波海の言葉に唐人の胸がギリリと痛んだ。
 そうだ、俺は彼女を落とすためにここにいるんだ。あの写真を手に入れるため。真澄様の言いつけ通り・・・







 店を出た唐人は真澄のプライベートマンションにいた。

「聖、お前らしくもない。何をもたついてているんだ」

唐人は真澄の言葉に思わず視線を外した。
長いこと連絡のない唐人に、とうとう真澄から呼び出しが掛かったのだ。

「まあ、お前のことは信用しているが、少し心配になっただけだ」

唐人は答えられなかった。

俺は何をやってるんだ。この人はこんなに俺を信用してくれている。お前は今までどれだけ世話になった忘れたわけじゃないだろうな!
あんな女、無理やり抱いてしまえば済む事じゃないか。盗むことだって出来る。今までそうしてきたじゃないか。なぜやらないんだ。なぜ出来ないんだ。

「聖?」  

何も言わない聖に真澄が少しイライラし始めた。

「ご心配には及びません。かならず手に入れます」

 唐人は迷いを無理やり断ち切るかのように言い放った。それを聞いた真澄も安心したのかそれ以上何も言わなかった。

「それより真澄様。マヤ様とのお約束が・・・」

「ああ」

こんなときでも冷静な自分が不思議だった。

 本当に今度彼女に会うときが最後だ。

「それでは、真澄様」

 唐人は、自分に言い聞かせるように部屋をあとにした。







 マヤとの食事を終え、マヤを送る車内でも真澄はいつもの唐人ではないことが気になっていた。

「速水さんなんか悩み事?」

速水の様子が気になったのかマヤが心配そうに声をかけた 「ああ、すまない心配をかけて」

「ううん。私でよければ相談に乗るけど。でも速水さんの悩み事なんて私がアドバイスできるようなことじゃないよね。」 そう言って俯くマヤがたまらなく愛しく、思わず車を止めて抱きしめたくなる衝動に駆られるのをかろうじて残った理性で押しとどめた。

「さあ、着いた」

 マヤのマンションに着いた真澄だが、何か考え事をするように押し黙ってしまった。マヤはそんな真澄を少し心配になったが、気まずくなる雰囲気にたえられなくなったのか、車から降りようとしていた。

「じゃあ」

 と言って車から降りようとするマヤを、真澄はマヤの腕を引っ張って抱き寄せた。

「どうしたの?」

 顔を真っ赤にしながら見上げるマヤに真澄は言った。 

「結婚しないか」

 真澄の言葉に思いっきり目を見開いたマヤだったが、すぐにその目から涙がこぼれた。

「でも、私なんて速水さんの奥さんなんてなれない」

そう言ってうなだれるマヤのほほを両手で包み自分に向かせた。

「君じゃなきゃなれないのにな」

そういってマヤにキスをした。







 今日こそフイルムを手に入れると決心した唐人だったが、いつもの波海らしくない態度に戸惑っていた。

「アタシ、これに依存してるの」

ほほづえをつく波海の前にカメラが置いてあった。

今日の波海はいつもよりも饒舌だった。あまりお酒の強くない波海がウイスキーを飲んでいた。
そしてときどきケラケラ笑い、そして遠くを見つめ悲しい顔をする
いつもの波海らしくないことが、唐人を不安にさせた

「今日のあなたは少しへんだ」

「そうかもね」

波海は自嘲的な笑みを唐人に向けた。そして、またしても遠くを見つめながらだれに聞かせるともなく語りだした。

「ある一人のカメラマンがいました。彼は"俺は真実を取らなきゃならない"なんて言ってある日戦場へ行ってしましました。恋人は彼のあまりにも真剣な目に"行かないで"と言うことができませんでした。そして、二度と彼の顔を見ることが出来なくなりました。あるのはこのカメラだけ」

 波海はカメラを指差しいっきにウイスキーを飲み干した

「ばかよ、平和な日本にいてわざわざ戦争とりに行くなんて。信じられない」

 そういうと波海はカウンターにうつ伏せた。

「もう、3年もアタシを一人にして・・・」



「ねえ、セックスしようか」

波海は悲しげな目をして唐人を見上げた。

「えっ!?」

「ベッドの上だったら私を口説いて、フィルムを手に入れることができるかもよ」

 唐人はそんな波海に何も声を掛けることが出来ず、ただ見つめていた。

「そんな目で見ないでよ。冗談よ」

 "はは"、と波海の乾いた笑いが店内に響いた。そんな波海が唐人にはたまらなかった。

「いいですよ」

 唐人の言葉に、はっとした波海が唐人を見つめた。そうやってお互いに見つめ続けた。



 それからしばらくして、唐人と波海はあるホテルの一室にいた。

「シャワー先に浴びてきます」

 唐人がシャワーを浴びに行くと、波海は一人ベッドに腰をかけた。

「私っていつからこんな弱い女になったんだろう」

 一人呟くと止め処もなく涙がこぼれた。唐人のやさしさに溺れて。分けわかんないこと言って。こんな自分じゃいやだ。
こんな自分が彼に抱かれるなんて絶対にいやだ。
 そう思うと、波海はおもむろに首からかけていた小さな袋を取り出した。そして、部屋に備え付けてあるメモ用紙に何やら書き出した。



 唐人がシャワーから出てくるとそこに波海の姿はなかった。その代わりベッドの上に、カメラと小さな袋がメモと一緒に置かれていた。





 あーあとうとう口説かれました。
でも、本当の名前を言ってくれない男に抱かれるのは悔しいので、
このまま帰ります

バイバイ

大都の始末屋さん

あーでもアタシ、転んでもただで起きる女じゃないからね。

楽しみにしてて






気付かれていたか!!

唐人は一瞬焦ったが、なぜか彼女が自分のことを、世間に言うはずがないと感じていた。
 そして、唐人は袋から取り出した物を握り締めた。それは手の中にすっぽり収まってしまう小さなフイルムだった。  






あくる日、巷では大きなうわさで持ちきりだった。
 それは、週刊ライフが取り上げた記事だった。

「大都芸能の速水社長、北島マヤと結婚秒読みか!?」

 記事と共に掲載された写真は、真澄がマヤに結婚を申し込んだ車の中でのキスの写真だった。 "カメラ・山口波海"
と記されていた。



 これを見た真澄はすぐさまマヤのもとに走った。

「マヤ、これを見たか」

 そう言って、マヤに雑誌を差し出した。

「あっ!」

「これじゃあもう結婚するしかないよなあ」

 真澄は真っ赤になって俯くマヤを抱きしめた。

「えっと、あの・・・」

 動揺してうまくしゃべれないマヤを解放し、上目遣いで見つめた。

「なあ」

 そんな真澄にマヤは小さく頷いた。







唐人は真澄とマヤの写真を見たとき、波海はもうあの店には来ないだろうと悟った。

「ただでは起きないってなあ」

しかし、どうしても一目会いたくて、週刊ライフを訪ねた。
週刊ライフは今度のスクープに沸き立っていた。唐人はセブンジャーナルの松本として、編集長を訪ねていた。

「山口さんは今どちらにいるかご存知ですか」

「ああ波海のことね。あいつやってくれたよ。これで助かった」

 ライフの編集長はほっと安堵したのか、快く唐人の訪問を受けてくれた。

「あいつ、本当はこういう写真じゃないのにな」

 すこしすまなそうな顔をした編集長が言った。

「ところで、波海さんの・・・」

「ああ、すまん、すまん。波海なら今頃アフガニスタンにいるんじゃないかな」

「えっ!!」

「あいつさあ、あの写真持ってきた時、何だか晴れ晴れとした顔しててさっ」

 アフガニスタンって・・・
 唐人は波海を思った。あのクルクル変わる表情。時おり見せる悲しげな顔。それがたまらなく愛しくなり、胸がギリギリと痛んだ。
 こんなに彼女に溺れてたのか?
 そんな自分に一人苦笑いをした。

「松本さん?」

 ライフの編集長が不思議そうな顔をしていた。

「ああ。いや、何でもありませよ・・・。そっそれではお忙しいとこ失礼しました」

 唐人は、波海によって変った自分に少し照れくさくなり、慌ててライフのオフィスを後にした。







その日、唐人は成田空港にいた。
 波海と別れてから3年の月日が流れた。その間彼女は、インターネットを通じて戦場に生きる子供たちの写真を発信していた。その子供たちの表情はどれも生きる希望に溢れていた。
 今回、波海が日本で写真展を開くため帰国するという情報を手に入れた唐人は、一人成田空港で波海を待った。
 そこにカメラを肩から提げた女が、到着ロビーに歩いてきた。
 それは唐人が3年待ち続けた女だった。

「波海!」

 その声に波海がハッとして辺りをキョロキョロ見渡した。そして、一人の男が目に飛び込んできた。

「松本さん!?」

そう言って駆け寄ってきた波海を唐人はギュッと抱きしめた。おどろいて唐人を見上げた波海だが、しばらくすると唐人に身を委ねていた。

「ヒジリ カラト」

「えっ?」

「俺の名前。聖唐人」

「カラト?ふふ。松本慶和の方が覚えやすいわ」

 唐人を見上げて波海は言った。

「キスしたい」

「アタシもよ唐人」

 二人は、3年間の空白を埋めるように深く口付けを交わした。

 そこには、ただの男と女の優しい空気が、静かに流れていた。






7.1.2003



<FIN>









□子リスさんより□
ヒジリーはなぞの人物なんで、私の中で色々遊ばせていただきました。
皆さんそれぞれイメージはあると思うんですが私のヒジリーはこんな感じです。
薄幸の美青年に幸あれって思って書きました。
ただ、自分でも書いてて訳わかんなくなったりしたんで、ちゃんと文章になってるか 心配です。
でも、ここまで読んでいただいたってことは一応読むことはできたってことでしょう か?
うーんやっぱ自分のイメージを文章にするってむずかしいですね。
要勉強です。







□杏子より□
30のお題の短編でデビューなさった子リスさんですが、今回はどど〜んと二話もので。
原作では、速水さんのおしめの取替えに忙しい、ヒジリンですが、ちゃんと恋もさせてもらって、喜んでいることでしょう。
波海さんが、かっこよくて、めちゃ好みです。好きです、好きです、こういうオンナ!サバサバしてて、でも実はモロイ、いいねぇ、いいねぇ。セリフの一つ、一つがカッコよかったです。
子リスさん、ありがとうございました!!









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