| 素肌の涙 1
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written by kineko |
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「はい。・・・はい。ああ!それはココに置いておいて。・・・・ええ、わかりました。そのようにいたします。」 携帯を肩に挟み込み、手帳にすばやくメモを取りつつ、付き人に指示を与えていく。その手際の良さに、マヤは、しばらく見惚れていた。 「なぁに。マヤちゃん。私の顔に何かついている?」 そう笑顔で尋ねる杏子さん。 「あっいえ。なんでもないですっ。あの杏子さんってすごいですね!」 感嘆の声でマヤが言う。 「天下の紅天女さまにそう言ってもらえるなんて光栄だわ。」 「天下のなんて・・・・・。あたし、お芝居しかできないんだもの。杏子さん, キレイだし、頭もいいし、何でも出来るし、あたしなんかより、女優さんに向いてるんじゃないかなって・・・・・・そう思って見てたんです。」 それはお世辞でなく、本心からの言葉だった。 杏子さんはクスリッと笑いこう言う。 「演じるのは男の前だけで充分だわ。」 「えっ?!」 男の前という単語と、艶然とした杏子の微笑みにマヤは顔を赤らめた。 「誤解しないで、『両目で見ているのに片目でみている』ように振舞っていることよ。」 「???」 ますますわからないという顔をするマヤにウィンクしてこう教えてくれた。 「彼氏の事は片目つむって見るくらいが丁度いい。つまり、ぜ〜んぶ知っているより、少し位知らない方がうまくいくって云う言葉があるの。 でも、私は全部知ってても知らない振りをしてあげている。 しかもそうと気づかれないように、ね。」 そう言って一際艶やかに微笑んだ。 「それに、マヤちゃんのマネージャーなんて、遣り甲斐があって愉しい仕事を 他の人に任せられないわ。はい、次はこれに着替えてね。」 話しながら、手早く次の衣装を用意していた。 「あっはい。」 ふぅ〜っと息をはき、着替えを済ませる。メイクをしてもらい、スタジオへと入る。扉を開けた瞬間にマヤは消える。 アタシでないアタシになる。 「お疲れさま〜。」 その声が飛び交い、照明が落ちる。 控え室に戻り、メイクを落とそうと鏡の前に座ったマヤは、一輪の紫の薔薇を見つけた。 いつからだったろう。再び、紫の薔薇がマヤの手元に届けられるようになったのは・・・・ 花束ではなく、控えめに届く、一輪づつの薔薇の花。 あの人はまだ、あたしの事を・・・・ 「あら、また届いたのね。いつ見ても素敵ね。」 杏子さんの声で、はっと現実に引き戻される。 叶わない夢など、見ない方がいい。そう思っていても、何度となく心は夢幻の世界に飛んでいってしまう。 メイクを落とし、薔薇を胸に抱き、帰ろうとする。 「ごめんねマヤちゃん、すぐに終わるから。」 杏子さんはそう声を掛け、メイクさんにマヤのメイクを頼んだ。 「すっぴんでも可愛いけど、皆の目に映る間は”北島 マヤ”でいてもらわなければいけないの。」 商品”北島 マヤ”それが、あたし、である。 「は〜い、わかってます。メイクさん、お願いします。」 明るく応え、鏡の前に座る。 流行りの服を身に纏い、髪をセットし、化粧をしてもらう。 あたしは”北島 マヤ”になる。 「きゃ〜マヤちゃん!こっち向いて!」 「これ、受け取ってくださ〜い!」 ファンが歓声と共にマヤの方へと押し寄せてくる。 マヤはにっこりと微笑み、ありがとうと一人一人に会釈し、車に乗り込んだ。 後部座席に倒れこむように座り、一際大きな溜め息をついた。 「今日は後一本、CM撮りでおしまいだから、もうちょっとがんばってね。」 杏子さんが優しく声をかけてくれる。 出来るだけ、明るい声でマヤは答える。 「ぜ〜んぜん大丈夫です!元気だけが取り柄ですから。」 そう言ってガッツポーズを作ってみたりした。 眉間に皺をよせながら杏子さんはこう尋ねた。 「きついなら、ちゃんと言ってね。仕事減らすから。」 「いえ、いいです!減らされたら困ります!」 ちょっと怪訝そうな顔をしながら、確かめるように訊く。 「ねぇ。本当に休み作らなくていいの?紅天女に決まってから、休み取っていないって聞いてるんだけど・・・もうすぐ1年になるんじゃない?大丈夫?」 マヤの顔色を気にして、心配そうに聞く杏子さん。 「今、がんばって皆に”北島 マヤ”を覚えてもらわなきゃ!ねっ! お休みは取ろうと思ったら、いつでも取れますよ。」 「・・・・・そぉお?わかったわ。でも絶対に無理、しないでね。」 念を押されてマヤは、ハイと素直に頷いた。 手の中にある薔薇に問い掛けるように、心の中で呟いてみる。 もうすぐ1年・・・もうそんなになるの? 紅天女の舞台、その合間のドラマ出演、CM撮り、雑誌の取材、映画のゲスト出演等々・・・・・・ これ以上は詰め込めないという位の過密スケジュールだった。 クタクタに疲れて眠る。その繰り返しの毎日。 眠っている時でさえ、疲れきっていて、夢もみないほど。 そうしていなくては、心が壊れてしまいそうだった。 夢想の時間なんて作りたくなかった。 あの人は、まだ、式を挙げてはいない。 その事で、ほんの少しの希望が心の奥に残ってしまっている。 全てを消し去るには、『まだよ』と声がする。 何に期待しているのだろう。 心の奥底に残るその感情は、深くに刺さった小さな棘のようにいつまでも疼いていた。 手の届かない処に行ってしまったなら、泣いて泣いて抜いてしまうのに・・・・・・ やがて、車の振動が、マヤを眠りへと落としていった。 手に持っていた薔薇は、寄り添うようにマヤの傍に落ちた。 ![]() 「ただいま。」 『お帰り』の返事などあるはずはないが、マヤはついそう言ってしまう。 麗と一緒に住んでいた頃の習慣がまだ抜けない。 誰もいない部屋の明りを次々と点けていく。見る訳でもないのにテレビのスイッチも入れる。しんとした部屋に一人でいるのは寂しすぎた。 何度、麗に一緒に住んでと頼んでも、『この容貌、週刊誌に撮られたら変な風に誤解されるよ』とOKしてくれない。 紅天女に決まった後、あのアパートに住みつづけるには、セキュリティーに問題があると、水城さんにこのマンションに移るように指示されたのだ。 キッチンに向かい、今日もらった薔薇をカウンターに置いてある花瓶に刺す。 「へへッ花束になっちゃった。」 仕事場に届く、1輪づつの薔薇。 仕事をこなすごとに、それは大きな花束になっていく。 この花束を失くしたくないから、”商品”としての価値がなくなら無いようにマヤは、がんばっていた。 「明日もがんばりますからね。」 薔薇に話し掛ける。その向こうにいる人に話すかの様に・・・・・ 洗面所で化粧を落とし鏡に写った顔に言ってみる。 「おかえりなさい、マヤ。」 寂しげな微笑みを浮かべる女の子の顔が、そこにはあった。 シャワーを浴び、リビングに戻り、髪を乾かしながら考えた。 「そっかぁ・・・もうすぐ1年になるのかぁ。」 あの人は婚約したまま、だった。その事でいくつかの噂が飛び交っていた。 中には他に好きな人がいる為、結婚に踏み切れないなんてゴシップもあった。 あんな、婚約者がいるのに、他に好きな人までいるなんて、あたしの入る込む隙なんてないよね。などと考えて、ハッとし、その思いを振り払うかのようにブンブンと頭を振った。 パタンとソファに倒れこみ、 「さっさと結婚しちゃえばいいのに・・・・」 そう口に出してはみるが、それが現実のものとなったら、マヤの心は粉々に壊れてしまうかもしれなかった。 万が一、招待されたとしても、スケジュールの都合がつきませんと断れるように、そう理由がつけられるように休みは入れないようにしていた。 「でも社長命令とか言われて、出席しないといけない事になるのかなぁ・・・ そうしたら、あたし、どうなっちゃうんだろう・・・・」 その答もでないうちにマヤは、夢の無い闇の中に落ちていった。 ![]() その日は順調過ぎるくらい快調に撮影が進んだ。 予定の時間を大幅に残して、仕事は終わった。次の仕事に向かうには時間があまり過ぎていた。 「マヤちゃん、時間空いたから、何かしたいことない?」 杏子さんに訊かれ、マヤは考えてみる。 「・・・・・・あのっ電車・・・・・」 「なぁに?」 「電車で移動してもいいですか?」 おずおずと訊いてみる。うーんと額に人差し指を当てながら、杏子さんは少し考え、ちらっとマヤを見てみる。上目使いで、その杏子さんを見ていたマヤと 視線があってしまった。子犬のようなその瞳で見られ、杏子さんは片手で目を覆い 「OK。ちゃんと行けるわね。ああ、それから、メイクは無し、ね。」 そう言って微笑んだ。 「はいっ。ありがと!杏子さん。」 大きくお辞儀し、メイクを落としに控え室へ入った。 メイクしていなければ、平凡すぎてきっと誰も気づかない。杏子さんもそれが、わかっていた。 扉をあけると鏡の前には1輪の薔薇が置かれていた。 今日もあった! それを見つけたマヤの顔は、一瞬にして明るく輝いた。手早くメイクを落とし、 お疲れさまと挨拶をし、紫の薔薇を手に、外へと飛び出していった。 外にいたファンとすれ違い、いつもの習慣で会釈してしまい、『しまった』と思ったが、その子達は「知り合い?」とお互いに訊き合い、マヤだとは気がつかなかった。手に持った薔薇を胸に隠すように抱き、足早に通り過ぎた。 電車に一人で乗るのは久しぶりだった。地方に公演に行く時や、ロケの時などで乗る時は必ず、杏子さんが一緒だった。都内近郊の移動には車を使う。 「前は電車か歩き、だったのにね。」 ポソリと独り言がでる。慌てて口を押さえてみるが、車輪音のほうが大きく誰にも聞かれていなかったようだ。 「いい天気ぃ。」 誰にも聞かれないくらいの小さな声で呟く。 ビルの合間から青い青い空が見えた。 「今夜は星が見えるかな?」 誰に話すわけでもなく、マヤはそう呟いた。 手の中で紫の薔薇が揺れていた。 目的地の一つ手前の駅でマヤは突然、降りた。 「確か、この先だったはず・・・」 麗が最近バイトをしている店に向かって歩き出した。駅から少し歩いたとこでマヤの歩く少し先に黒塗りの車が止まり、静かに後部座席のウィンドウが下がった。 「マヤさん。」 小さなその声にマヤは聞き覚えがあった。 気づかない振りをして通り過ぎてしまいたかった。が、つい、声の方へ顔を向けてしまった。 「お久しぶりですわね。よろしかったら、お乗りになりませんこと?」 有無を言わさず、お乗りなさいという口調だった。 ためらっているマヤにその人はこう続けた。 「乗っているのは私だけですわ。遠慮なさらずにどうぞ。」 そう言うと運転手にドアを開けるように指示をした。 半ば強制的に、マヤは車へと乗せられた。車はゆっくりと動き出した。 5.4.2003 ![]() |
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