素肌の涙 3

written by kineko
「みんな、このおねぇさんのお名前は速水さんといいます。よろしくね。」
小林先生がそう、マヤのことを子供達に紹介した。
「こんにちは。仲良くしてね。」
にこっと笑うマヤに子供達は警戒することなく、傍に次々と集まり、喋りだした。
「ねぇねぇ、ピアノひける?」
「折り紙、折ってぇ。」
「ボクねぇ、三輪車乗れるんだよぉ。」
「あのね!あのね!」

止まる事の無いお喋りに、マヤはこう、きりだした。
「北風と太陽のお話、知ってる人は?」
う〜んと考えてる風な子、はい!っと手を上げる子、等など・・・
「じゃあ、おねぇちゃんが今からお話しするから、みんな、聞いてくれるかな?」
子供達は、はぁ〜いと元気な声で返事をして、マヤの周りに座った。
「ある日、空の上で北風と太陽が、話をしていました。・・・・」
そう語り始めたマヤは、時には力強い北風に、時には穏やかな太陽になりきっていた。子供達は自分が北風に晒されているかのように怯え、また、太陽の暖かい恵みの光に顔をほころばせた。
『さぁ、旅人はとうとうコートを脱いだよ。どうだい、北風君。』
『僕の負けだよ。太陽君、やっぱり、君のほうが強いね。』
「おしまい。」
マヤが終わりの合図にパンっと手を叩くと、物語の世界に入り込んでいた子供達は、現実の世界へと引き戻された。
パチパチパチっと園長先生が拍手をしたのを皮きりに子供たちも小さな手で一生懸命に拍手をした。
「あっありがとうございます。」
深々とお辞儀をするマヤに子供達は、次は、『大きなカブ』がいいとか、『桃太郎』、『うさぎとかめ』『シンデレラ』など、自分に好きな物語の題名をあげていった。
「ほらほら、一度にいっては速水さんが困ってしまうでしょ。順番に、ね。」
そういってから、マヤの方を向き、
「お上手ね。どこかでお勉強されたの?」
返答に困り、ええまぁと濁した。






幼い男の子と女の子が、マヤに駆け寄ってくる。
「ママァ〜今度は人魚姫がいい!」
はい、わかりました。と答え語り始めるマヤ。
人魚姫が泡となって消えてしまう場面になった時に、誰が後ろからマヤをそっと抱きしめた。その腕をそっと抱え込み微笑むマヤに子供達は尋ねる。
「ママ、人魚姫はどうなっちゃうの?」
マヤを抱きしめていた背の高い男性が答えた。
「王子様と永く永く、いつまでも幸せに暮らしたんだよ。」



投げ出した手が、冷たい床に触れ、目が覚めた。
半分夢の中のマヤはぼんやりした頭で、さっきの声って・・・・と思いだしていた。
「あれって速水さんの声だったわ。」
布団に転がったまま、手を上へと伸ばし、そっと胸の上に戻し、自分で自分を抱きしめてみる。『永く永く、いつまでも幸せに暮らしたんだよ。』その言葉がまだ耳奥で響いていた。
このまま、いつまでも、夢の中に浸っていたかったけど、昨日、園長と約束し、
しばらく、園のお手伝いをする事になっていた。
「さて、起きようかな。」
のそのそと起きだし、簡単に身支度を整え、昨日と同じコンビニでパンを買い、公園で食べ、保育園に向かった。
園ではもう何人かの子供達が来ていて、マヤを見かけると
「速水せんせい、おはよー。」
と、声を掛けてくれた。
「おはよう。カズくん。ミキちゃん。タカトくん。」
にっこりと笑って答えてから、
「先生じゃなくて、おねぇちゃんでいいよ。」
と、子供の目線に合わせて腰をかがめ、言った。
カズくんと呼ばれた子は、ちょっと考え
「じゃあ、速水ねぇちゃん!」
”速水”といってしまったこと、ちょっとだけ後悔していた。
呼ばれる度に、顔が赤くなる気がした。
「はい。さ、部屋に入ろうね。今日は何のお話し、しようか?」
そういって子供達と部屋へと入っていった。マヤの周りには子供の輪が出来ていた。






みんなが帰った後、職員室で、園長先生と向き合いお茶を飲みながら、マヤは雑談をしていた。
「それで、あなたは、学生さんなのかしら?」
「ええ、まぁ。そんなところです。」
「いいの?こんなところで、お手伝いしてくれてて。」
「いえ、こちらこそ、突然、お願いしてしまって・・・・・」
恐縮するマヤに、優しく微笑みかけ、
「こっちはとっても助かっているのよ。あなたのお話し、どれも素晴らしくて、まるで、自分が物語の登場人物になってしまったような気になれるのよ。もしかして、劇団の方なのかしら?・・・・どこかで、みたような・・・・」
ばれると、ここには居られない。そう思い、慌てて、他の話題に替えようとしてみるが、機転の利く方ではないマヤは、しどろもどろになってしまった。
その様子を見て、園長先生は、事情を汲み取ってくれたのか、深くは訊いてこなくなった。
「明日からもよろしくね。速水さん。」
「はい。」
短く返事とし、席を立った。杏子さんだったら、うまくかわすんだろうな、などと思ってた。






園で過ごすのも、後、1日となった。その日の朝マヤは、園長先生に呼び止められ、こう話し掛けられた。
「速水さん。ちょっとお願いがあるのですけど・・・」
言い淀んでいる園長に、マヤは
「どうかしたんですか?あたしに出来る事なら、言ってください。」
と切り出した。
「あの、あなた、お芝居、できるかしら?」
おずおずと訊く園長に、ええまぁと答えると、
「明日、公会堂で、この街の有志で作った劇団のお芝居を、園の皆で見に行く事になっていたの、ところが主役の子が足を捻挫してしまって、出来ないっていうの。子供達、とっても楽しみにしていたから、もし、あなたが出来るのなら、お願いできないかしら。」
台本を読んで、すぐに演じるのはマヤにとって、訳無いことだった。
「あの、出来ると思いますけど・・・・・」
「本当!ありがとう!子供達大喜びするわ。あっもし、台詞わからなくなっても、陰から教えてくれる人がついてくれるみたいだから大丈夫よ。」
あの”北島 マヤ”とはわからない園長は、マヤに何度も、大丈夫よと言ってくれた。
「じゃあ、これからここに行ってくれるかしら、連絡しておくから。」
そういって行き先のかかれたメモを手渡された。

あたしって、何処にいてもお芝居する運命なのかしら、と思いながらも、軽い足取りでメモの場所へと向かった。






公会堂の入り口で立っている女の人は、マヤを見かけると大きく手を振り、
「こっちよ!速水さんでしょ?」
大きな声で呼びかけられ、慌てて、その人の元へ駆け寄った。
「はっ速水、です。よろしくお願いします。」
「ごめんなさいね。急に無理をいって。私は仲村といいます。劇団のマネージャーみたいなものかな。雑用全般をしてます。わからないこと、なんでも訊いてね。」
にっこり笑って手を差し出してくれた。マヤが軽く握手をする仲村さんは、力強く握り返し、
「本当に助かるわ。街の人たち、楽しみにしてくれていたの。主役ユキコも責任感じてて、無理して出るっていってたんだけど・・・・」
そういいながら建物の中へと案内してくれた。舞台では数人が打ち合わせをしていた。いつも紅天女を演じる大劇場とは違い、こじんまりとした大きさであった。舞台を目にしたマヤは瞳がキラキラと輝きだす。
「お客さんを近くに感じられそうな舞台ですね。」
「ええ。ああ、もし上がってしまって台詞忘れても、ちゃんと陰から教えるから大丈。」
親切に言ってくれる仲村さんに素直にマヤはハイと返事をした。


「はい、これ」
手渡された台本には『人魚姫』と書いてある。そういえば、この前の夢に出てきたのも、人魚姫のお話しだったな、なんて思いながら、パラリパラリとめくり、ぶつぶつと台詞を呟きながら覚えていく。
瞬時にして本の中にのめり込んでいくマヤに仲村さんは
「ちょっちょっと、着てみてサイズ合わせしたいから。」
と慌てて、衣装を渡した。それは裾が長く、足元にヒレの様にふわふわとした生地の使われたマーメイドラインのロングスカートだった。
「丈、少し直さないと、ダメかしら?体のラインはユキコよりも細いわね。さて、大急ぎで直してしまうから、速水さんは、あそこで練習に加わってくれる?」
そう言い、舞台を指差し、そこにいた人達に手早くマヤを紹介し、衣装を持って、駆けていった。
「あの、速水です。よろしくお願いします。」
挨拶するマヤに、次々と簡単に自己紹介しながら、優しく皆は話し掛けてくれた。
「衣装くるまで、これを巻いて、歩くのに慣れてね。」
手渡されたのは1枚のシーツ。
「体にぴったりしてて裾を引く衣装でしょ。なれないと、転ぶの。」
「ユキコみたいにね!」
「もう!言わないで。反省してるんだから。速水さん、陰で私が、台詞、補助しますので、安心してね。」
にっこりと笑いかけ、手馴れた様子で、マヤの体にシーツを纏わせた。
「どう?きつくない?歩いてみて。」
そろそろと歩き出すマヤ。確かに、気をつけないと転びそうだった。けれど、
舞台に立ち、その大きさを確かめるかのように中央まで歩き進んだ頃には、裾さばきもスムーズになっていた。
「初めは台本見ながらでいいから!」
団長の田中さんが声を掛けたが、その言葉がいい終わらないうちに、マヤは台詞を喋りだしていた。

『あぁ、この薬さえあれば、私は2本の足を手に入れることができるのだわ。そして、あの、王子様の元へと、人間の世界へと行けるのだわ。』

そこには可憐な人魚姫が存在した。

舞台の上で、滑らかに、泳ぐかのように軽く体を上下させ、優雅に舞うマヤは、水の中に生きる人魚姫になっていた。
岩場に腰掛け、口へと薬を運ぶ。
『これを飲めば、私は人間になれる!』
少しのためらいも見せずに、一気に飲み干す。
一瞬、体を硬くし、固まり、動かなくなった後、わなわなと体を震わせ、じわじわと毒が廻るかのように苦しみ、もがいた。
やがて、全身の力が抜けたかの様にパタリと倒れこんだ。

少しの間があり、じわりじわりと動き出すマヤ。いつの間にか、シーツは外され、絡めていたすらりと伸びた足が、ゆっくりと開かれていった。
よろよろと岩に手を掛け立ち上がり、前を向く。一歩踏み出すごとに皮膚を切り裂かれるような痛さがあるかのように顔を歪める。
やがて、自分の足でしっかりと立った。

紅天女の演技課題で、姫川 亜弓が演じた人魚姫は、2本の足を手に入れたことでの自信で凛とした気高さがあった。
マヤの人魚姫は、ただ王子様に逢いにいける、その嬉しさに満ち溢れた、恋する少女の顔だった。

その場にいた全員がマヤに恋をしてしまう。そんな表情だった。


「あの・・・・・変でしたか?」
何の反応も見せずに、呆然と見惚れている団員達に、心配そうにマヤは話し掛けた。その声でハッと気がついた皆は、次々にマヤに質問を投げかけた。
「台詞もう覚えたの?」
「あっはい。」
「裾踏まなかった?大丈夫?」
「何度か踏みました。転びかけて、誤魔化したんです。」
そう言い、ペロっと舌をだした。
「え〜全然気がつかなかった。」
「ねぇ、どこの劇団に入ってるの?どっかで見たことあるような気もするんだけど・・・」
そう言って思い出そうとしている人に、話をそらす為に
「あっあの、台本、最後何度か直されているみたいなんですけど・・・・・」
と、訊いた。
「ああそれ。団長が決めかねているのよ。原作だと、王子様に短剣を刺す事、出来なくて、海の泡となって消えてしまうのよ。でも、彼、某アニメの大ファンでハッピーエンドにしたいらしいのよ。子供達もアニメの方を見てて、そっちのが本物って思ってる子も多いし・・・・・」
「とりあえず、今日の夕方、近くの子供達に見てもらってそれで決めようって事になったの。だから、急にエンディングが変わるかもしれないけど、
速水さん・・・・・大丈夫そうね?」
さっきの演技で皆、安心して任せられると納得していた。
「はい。わかりました。」
「じゃあ、ちょっと休憩!」
その声を合図に個々に休憩を取りだした。






マヤは外に出て、手渡されてから一度も使っていない携帯を取り出した。
「劇に出ること、一応、杏子さんに報告しておいた方がいいかしら?」
そう思いちょっと操作に手間取りながら、掛けてみた。
呼び出し音は流れるが、杏子さんは出ない。
「どうしよう・・・・・あっ水城さんに連絡すれば・・・」
メモリーで水城さんの番号を出して掛けてみる。杏子さんと同じように、呼び出し音のみが聞こえるだけで、出る様子がない。
「忙しいのかなぁ・・・・もしかして!」
自分が休暇を取っているせいで杏子さんや水城さんに迷惑をかけているんじゃないかと思い始めていた。慌てて、次の番号に掛けてみる。
2回のコール音の後、
『はい。』
そう聴こえてきた低い声に、マヤは心臓が止まりそうだった。




5.6.2003



…to be continued




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