素肌の涙 4

written by kineko
「あの・・・・その・・・・えっと・・・
きちんと話さなければと思えば思うほど焦って、言葉にならなかった。
『おチビちゃんか?』
電話の向こうからいつものように、そう呼ばれ、つい
「おチビちゃんって言わないでください!あたしには北島 マヤって名前があるんですから!」
そう言ってから、マヤはしまったと口を塞いだ。幸い周りに誰もいなかったようで、マヤはホッとした。受話器の向こうから、堪えきれない含み笑いが聴こえた。
「もう!何がおかしいんですか!」
『いや、それだけ元気だと、明日には退院できるのかな?』
「退院?」
『入院したと水城くんから報告があったが、違うのか?今、どこだ。』
入院していた事になっていたらしいけど、マヤはそんなことは聞いていなかった。どこだと聞かれ、つい、本当の居場所を言ってしまった。
『なんで、そんな所にいるんだ?一体、何をしている?体調は大丈夫なのか?』
矢継ぎ早の質問にマヤは誤魔化すことが出来なくなってしまい、ポツポツと本当の事を話し出した。
「怒られるのは覚悟できています。自覚がないってのも重々承知です。明日の夜には帰りますから、お説教はそれからにしてください!」
まるで、夜遊びが見つかった娘が父親に言うかのような口調だった。
『説教の材料はそれだけか?』
すべてお見通しと言わんばかりの、その声に、マヤは
「あの・・・・・ちょっとした事情で、お芝居に出ることになったんです。契約上問題があれば、ごめんなさい。先に謝っておきます。」
そう言って、目の前には居ない速水さんに向かって頭を下げた。
『・・・・・開演はいつだ?』
「明日の午後3時です。小さな街の公会堂です。あの、北島 マヤの名前は出していませんから。」
さすがに”速水”と名乗っているとは言えなかった。
『そうか。明日の夜には必ず帰るんだな?・・・・・とにかく、元気な声が聴けてよかったよ。おチビちゃん。』
「だから、おチビちゃんじゃないです!」
『それなら、きちんと名乗りたまえ。非通知では誰かわからないじゃないか。まぁ、無理をせずに、女優の自覚を持って、きちんと食事を摂っていればいい。君のことだから、3食コンビニだろう。』
図星をさされ言葉に詰まるマヤに、
『何かあったら、必ず電話をくれ。待っているから。』
そう言って電話を切った。
「用事がなければかけませんよ!」
そう言って携帯にべ〜っと舌を見せてみた。

”それなら、きちんと名乗りたまえ。非通知では誰かわからないじゃないか”


速水さんは確かにそう言っていた。
「じゃあなんであたしってわかったんだろう?」
ちょっと頭を傾げ、考えてみたが、マヤには答えが、出そうで、出なかった。
「速水さ〜ん、稽古はじまるわよ!」
玄関の方から、ユキコさんが声を掛けてくれた。もう少しで出そうな答えを心の中に押し込み、稽古に戻っていった。






「 じゃあ明日のエンディングは、ハッピーエンドのほうでいくぞ!」
そう答えを団長が出し、修正したストーリーの打ち合わせを繰り返し、終わったのは深夜だった。

「お疲れさま〜、じゃあ、明日みんな、よろしくね!」
仲村さんのその声で、皆、解散する事になった。
マヤも帰ろうとした時、仲村さんに呼び止められた。
「あっ速水さん、これに着替えていって。」
そういって手渡されたのは、タイトのロングスカートだった。
「少しでも慣れたほうがいいかなって。」
「ありがとうございます。」
素直に受け取り、着替えてみた。こんなカンジの服は着たことがなかった。少し大人びた雰囲気になった。
「こんなの着た事ないな。」
鏡に写った自分の姿に照れてしまった。
お疲れ様と、仲村さんに声を掛けて、外へと出た。

そこには、黒い車と、背後からの街灯で、顔は見えないが、背に高い人物が煙草を燻らせている、シルエットが見えた。
マヤは鼓動が速くなるのが解かった。
「は・・・やみさん?」
マヤは、そっと近づき、声を掛けてみた。
顔を横に向け、ふ〜と煙を吐ききり、マヤの方を向き直り、
「おチビちゃん、こんな時間に一人で帰れるのかい?」
と、いつもの口調で言う。
つられてマヤもフンと拗ねる振りをして
「子供じゃありませんから大丈夫です!」
くっくっくと笑うのが聴こえた。
「変わらないな。君は。」
「はい、おかげさまで!」
そう、やり取りしている所に、仲村さんがやってきた。
「あの、速水さん。これ忘れてたわよ。」
一瞬、速水さんが何かと対応しようとしかけたが、それより先にマヤが慌てて、
「あっありがとう、仲村さん。お疲れさまでした。」
そういって、スカートの入った紙袋を受け取った。
仲村さんが、二人の顔をちらりちらりと眺めながらも、お疲れ様と挨拶をして帰っていった。
マヤは気まずさをかんじ、黙ってしまった。
煙草を車内の灰皿でもみ消ながら、
「いつの間に速水になったんだ、君は。」
「すみません!お名前お借りしました。」
そう言って背中を向けたままの速水さんに頭を下げた。
「ちょっと、乗らないか?深夜の住宅街に、君の声は通りすぎる。」
そう言って助手席のドアを開けた。
躊躇いながらもマヤはその席に腰を下ろした。バタムとドアが閉まると、車内の煙草の薫が鼻の奥をくすぐった。速水さんの匂い・・・・そんな事を考えていた。運転席に乗り込んできた速水さんは
「なぜ、速水なんだ?」
「北島マヤでなくて、ただの女の子になりたかったんです。それで、偽名を使おうと思って・・・」
「なぜ、水城や、青木でもなく、速水なんだと訊いているんだが。」
そう穏やかな低い声で訊かれ、マヤは戸惑った。
「あの・・・人魚姫って最後、どうなるか知っています?」
何を言い出すんだという顔をしながらも、
「ああ。海の泡となって消えてしまうんだろう。」
と、答えてくれた。
「今の子供達は、王子様と結婚して幸せになるのが正解なんですって。知ってました?」
速水さんの方を向いて話す事ができなくて、膝の上で台本のページの端を指で弄りながら、話し続けた。
「本当のお話は悲し過ぎますよね。折角、近くまで行けたのに、声を失くし、想いを伝える術がなくて、しかも、王子様は誤解をして他のお姫さまと結婚してしまう。元の人魚に戻る為に、王子様を短剣で刺さなければいけない。でも出来る訳ないから、海の泡となって消えてしまった・・・・・・・」

今の自分の事を語っている気分だった。
あたしも、どこかへ消えてしまいたかった。
子供達が信じているようなハッピーエンドにはなれないのだから・・・・

そう思いながら、マヤは少し黙ってしまった。
エンジンのかかっていない車内はしんと静まりかえり、深夜というせいもあってか、外の音はもちろん何の音も聴こえなかった。
まるで、深い深い海の底に沈んでしまったかのような気分だった。

その静けさの中、マヤは自分が”速水”と名乗った訳がわかった。

本当の答えを口に出してはいけないから、
マヤは、速水さんにこう、きりだした。

「速水さんは何故、ここにいるんですか?」

顔を上げたマヤは、質問に答えず、ただマヤを見つめる速水さんと、目があった。二人はお互いから視線を外す事が出来ずにいた。
それぞれが本当の答えを口には出せずにいた。


ふいに視線を外し、マヤが自嘲気味に言った。
「・・・・・叱りに来たんですよね。
大都芸能の商品としての自覚の無いあたしを。」
「違う!」
珍しく、声を荒げる速水さんにマヤはビクっと体が強張ってしまった。
「何が・・・・・違うんですか?」
速水さんの方に向き直るマヤの瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。
はっきりとした答えを出して欲しいという決意で、もう一度尋ねた。
「何故、ここまできてくれたんですか?」
即答してくれない速水さんにたたみかけるように早口でマヤは言い切った。
「あたしは、他の名前をと思った時に、速水しか、貴方の名前しか思いつかなかったんです!大好きな人の名前しか思いつかなかったんです。」
口に出してはいけない事をいってしまい、マヤは車の外へ出ようとレバーに手を掛けた。その手を暖かく強い手が握り締め止めた。
「離してください!もう、もうあたしの事なんて、放っておいてください!」
暴れて逃げようとするマヤ抱き寄せ、その唇を塞いだ。
「は・・なして・・」
言葉は途切れ、途切れ、やがて静かに、熱い唇を受け止めていた。






「君が急病で倒れたと、報道されたが、どこに居るか、どんな症状なのか、
杏子君はおろか水城君も、はっきりとは俺の方に報告してこなかった。」
「あたし、倒れた事になってたんだぁ。」
くすっと笑い、速水さんの胸に、もたれかかったまま、その話に耳を傾けていた。
「1日、2日、3日と、君の容態を知らされない俺の気持ちを、君はわかるか?」
そう言いながらマヤの髪を梳いている速水さんに、
「わかりません。速水さんが、あたしの事、どう思っていたかなんて知りませんから。」
「思っている、ではないんだな。今はどう、想っているかわかってくれているのか。」
髪に口づけをして、そう言う速水さんに、するりと体をかわし、彼の唇に軽くキスをして、
「こういう気持ち、ですか?」
真っ赤になりながら、尋ねた。
「そうだな、こういう気持ちだ。」
そう言いながら、次第に深く口づけていった。
唇を離すたびに少しづつ話を続けた。
「深く訊きだせる立場でもない。」
「水城君は薄々わかっていたようだが・・・・・」
クスっと笑うマヤの下唇を軽く噛み、
「そこへ、非通知の電話。まさかと思ってね。」
「あっ・・・・・・なんで、あたしってわかったんですか?」
一段と熱い接吻をし、速水さんは言ってくれた。

「好きな女の声を、聴き間違える男がいると思うか?」

マヤの中で出せなかった答えを速水さんが教えてくれた。

「聴こえませんでした。」
わざとそう言ってみた。
マヤがわざとそう言っていることに気づきながら、速水さんは重ねて言った。

「愛している。マヤ。」

マヤの頬を真珠の粒のような煌きが伝った。

その一粒を唇で受け取りながら、こう囁いた。
「苦しくなったら、俺に短剣を向けろ。君の腕では俺を傷つけることは出来はしない。どんな事も受け止めてやる。ただ、一人で解決しようと、消えてしまう事だけは決してしないでくれ。君がいなくては、俺が生きている事は何の意味も持たなくなる。俺と共に生きてくれ。」

マヤの瞳からは止め処なく、煌く粒が落ちてくる。

「いつまでも、あたしは速水さんの傍にいます。愛してます。」
親指でそっと拭い去り、両手でマヤの頬を包み込み唇を重ねた。

「いつまでも君を愛し続ける。」






アパートの前に着いた時にマヤが訊いた。
「あの、速水さん、明日はお仕事ないんですか?」
「朝までいたいのか?」
クスっと笑われ、
「違います!お芝居見て貰えるかなって・・・・・」
「朝から臨時の会議がある。一旦、会社に帰ってから、仕事を済ませて、こっちにくるよ。」
「じゃあ、もう帰らないと寝る時間、ないですね。あの、気をつけて帰ってくださいね。」
「泊まらせてくれたら、休んでから明日の朝帰れるが。」
きょとんとしているマヤに、軽くキスをして、
「今夜は、素直に帰った方がいいかも知れない。君が休めなくなるといけないからね」
もう一度深くキスをしてから抱きしめ耳元で囁いた。
「素敵な人魚姫に、薔薇を届けるよ。1本ではない、薔薇を。」
低く耳の奥に響くその声は、一生聴く事のないと思っていた言葉を発してくれた。
「速水さん・・・・・ありがとう。」
マヤは速水さんの首に腕をまわし、涙をこぼした。

首筋に伝わる温かいものを感じ取りながら
「俺の人魚姫は泣き虫だな。」
そう言い、マヤの体を抱きしめた。






マヤが部屋の電気をつけると、車が走り去る音が聴こえた。
「少し休んでいってもらったら良かったかな。」
そう呟いてみて、マヤはハッと気がついて顔を赤くした。速水さんが言った意味が今ごろになって、なんとなくわかってきたのだった。
「ははは・・・まさか・・・ね。」
気がつくと耳の縁まで真っ赤になってきて、体が熱くなってきている。
ブンブンと頭を振ってはみるものの、今夜の出来事は、絶対に忘れる事が出来なくなっていた。
パタンと布団に倒れこんでみたものの、とても眠れそうになかった。
マヤの髪や服に染み付いた、速水さんの煙草の薫が漂っていた。
まだ、彼が傍にいるようだった。
自分の唇を指でなぞり、速水さんの熱い接吻を思い出していた。
「初めてなのに、懐かしい、カンジがした・・・・”魂の片割れ”だからかな・・・」
ぼんやりと考えていると、少しづつ、夢の中へと、入っていった。






開演の少し前に、マヤの控え室のドアがノックされた。ハイと返事をすると
ユキコさんが入ってきた。
「速水さん。お客さんなんだけど・・・・いいかしら?」
「あっはい、どうぞ。」
既に衣装もメイクも済ませたマヤは、椅子に腰掛けたまま、体を捻らせ、ドアの方を見た。その視界に、腕に紫の薔薇を抱えた速水が入った。
「約束通りに、間に合ったよ。」
手渡された薔薇を受け取りながら、マヤの瞳は今にも涙が溢れ出しそうに、潤んできた。
「そんなに真珠をこぼさないでくれ、俺の人魚姫。」
そう言い、瞼にキスをした。
「あっあの!あと5分で開演だから、私、舞台袖にいますから。では!」
ユキコさんが顔を真っ赤にして、慌ててドアを閉めて出て行った。
「はッ速水さん。あの、ありがとうございます。大丈夫でしたか?お仕事。」
顔を赤くしたマヤがそう訊いた。
「速水さんは君じゃないのか?」
そう笑いながら尋ねる。
「いじわる!もう、いいです!」
「これからも、ずっと速水さんと呼ばれるのは嫌か?」
真剣な口調でそう云われ、マヤは驚く。
「そ・・・・・れって・・・・・」
「プロポーズのつもりなんだが、はっきり言わないといけなかったかい。」
そう言いながらマヤの薬指にダイヤが周りを飾ったピンク色の真珠の指輪をはめた。まるで、マヤがこぼした煌きをそのまま形にしたかのようだった。
「結婚しよう。」
改めてそう云われ、マヤは戸惑った。
「あの、でも、速水さんにはあの人が・・・・・・」
あの綺麗な婚約者がいる。あたしなんかよりずっと相応しいあの人が・・・・
そう思い、返事が出来ないでいるマヤに速水さんはこう、話してくれた。
「今朝、彼女に会ってきた。婚約はしたが、その後、何の誠意も見せない俺に、薄々は感づいていたのだろう。『今後、仕事にどのような影響が出ようとも私には知らないこと、お好きなようになさればいい』と完全に嫌われてしまったよ。ただ君に、これを渡してくれと頼まれた。」
そう言って1通の白い封筒を手渡した。
マヤが開けて読もうとすると
「昨日も言った通りが、自分で抱え込む事はしないでくれ、
俺が君を必ず守るから。」
コクンと頷き封を開ける。そこには、あの人らしい繊細な文字でこう綴られていた。

『マヤさん、数々の非礼、お許しください。私はただ、あの方に恋をしていたのです。自分の物にしたくて、ただ自分にだけ向いていて欲しかったのです。
初めての恋でした。あなたは、真澄さまを、心から愛していたのですね。
自分の事を主張するでなく、ただただ、愛していた。人を心から愛している人に、恋を、いえ、恋に恋していただけの私がかなう訳などなかったのです。
初恋は実らないと申します。本当にそうなのですね。
私は止まり木にもなれませんでした。あなたという樹を目指して真澄さまは、飛んでいたのです。どうぞ、十分に羽を休ませて差し上げてくださいませ。』

読み終えた手紙をそっと速水さんに差し出した。受け取り、目を通す彼に、マヤは尋ねた。
「あたしは、貴方を休ませる事ができますか?」
マヤの目をしっかりと見つめ、はっきりと言った。
「俺の休息できる場所は、君だけだ。マヤ。」
速水さんの胸に飛び込むマヤを速水さんはしっかりと抱きしめた。
「愛してる。永遠に君を愛し続ける。」
「あたしも。貴方を、永遠に愛し続けます。」
深く重ねる唇。

人魚姫は泡となって消える事は無かった。永遠に・・・・・・



5.07.2003



<FIN>








□kinekoさんより□
『迷い子』の後、二人の気持ちが通じ合えるようにと願い、生まれた作品です。
人魚姫の話をたまたま読む機会があって、これってマヤちゃんの恋心に似てる気がしたんです。
本当はマネージャー役で出演していただいた杏子さまが、裏で二人をくっつけようと暗躍しているエピソードも盛り込んでいきたかったのですが、ただでさえ思ったより長くなった、この話、マヤちゃんの心情中心にまとめてみました。そのせいで速水さんは最後の方にしか出てこなくて・・・・速水さんファンの方すみません。
タイトルですが、杏子さまに、いくつか挙げていただいた中から、これに決めました。
『速水さんに、素肌に感じたマヤちゃんの暖かい涙を永遠に忘れて欲しくないですから。』という理由で、です。
最後になりましたが、長々としたこの話を読んで下さった方、感謝しております。そしてそして、色々とお忙しい中、こんなに素敵なタイトルとバックをつけて、いいところで区切って連載してくださった、杏子さま。本当に本当にありがとうございました!!!!!!





□杏子より□
kinekoさんより『30Storiesの”迷い子”の続きが出来ました!』と伺っていたので、 てっきりまた素敵な詩でもまた頂けるのかと思っていたら、あらまびっくり!の超大作でございました。
最初は一話の読みきりものだったのですが、もったいないので管理人特権で勝手に杏子が四話に分けたのですが、 ”いいところで切る!”という『寸止め杏子・いいトコ切りの杏子』の名にふさわしい、仕事ぶりだったかと思います。 続きが気になったでしょ?しょ?しょ?
人魚の恋にオーバーラップさせたマヤちゃんの切ない恋の行方が、とても沁みました。
そして、例によって”敏腕美人ジャーマネ”などという身の程知らずなオイシイ役どころをつけてくださいまして、 今度こそ苦情がくるのでは…、とわきの下に汗かいておりました。す〜み〜ま〜せ〜ん〜〜。。。
kinekoさん本当にお疲れさまでした!








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