追憶
written by lapin
雨音で目が覚めた。
部屋の中は、ベッドサイドのランプだけが灯っていて、ほの暗い。わかっていたが、隣のベッドに目を遣る。やはり、真澄はいなかった。
遣り切れなさが、寝起きの無防備な心に湧き上がってくる。心細かった。
真澄が近くにいれば、すぐにわかる。明らかに彼はいない。シャワーを浴びているわけでも、隣の部屋でラップトップに向かっているわけでもない。どこかでお酒を飲んでいるのだろう。彼女の面影を抱きながら、ひとりで。
真澄は毎晩、紫織を寝かしつけてからお酒を飲みに出かける。どんなに薬を飲んでいても、彼が帰ってくる気配で目が覚めてしまう。
真澄は、いつも苦しそうだった。紫織が起きているとは思っていないからだろう。窓辺に寄り、細くカーテンを開けて、外を眺めたりする。笑顔に隠されていない、生々しい苦悩に顔を歪ませながら。月明かりに照らされた真澄の本当の表情を、息を詰めて紫織は見上げる。どれほど彼が苦しんでいるか痛いほど伝わってきた。
自分が側にいても、何一つ彼を助けることにも、救うことにもならないのだ。
愛されることには何の意味もないのだった。愛していなければ、ゼロだ。何と残酷なことだろう。
紫織は声を上げて泣きたくなる。なぜ、こんなことになってしまったのだろう。愛しているのに。
愛してほしいと最初は願ったが、それが叶わないとわかると、ただ側にいるだけでいいと思った。それがどれほど彼を傷つけるかわかっていたのに。
ああ、何て脆い、哀しみに満ちた顔をするのだろう、あの人は。
それでもやはり、彼を見つめていられるのは歓びだった。優しい仮面も、仮面の下の本当の彼も。
愛していた。

絶望的だった。







雨がいつの間にか上がっていた。
雲間から差し込む清かな光に導かれるように、マヤは空を仰いだ。影のような、白く薄い月だった。
歩いても歩いても、どこまでも付いてくるあの月のように、自分はこの気持ちから逃れられない。
マヤはついに足を止めた。橋の途中だった。欄干にもたれて、川面に映る月を見る。ゆらゆらと揺れながら、月は伸びたり縮んだりを繰り返す。どんなに形が歪んでも、漣が収まれば、一瞬だけ完全な姿を見せる。
いつまでもここで眺めていたいと思った。川面に映る自分の影の隣に、もうひとつ影が映る。

「こんな時間に散歩か。無用心だな、チビちゃん」

信じられない言葉を耳にして、体が硬直する。ゆっくり顔を上げると、隣に真澄が、いた。

「速水さん…」

マヤの小さな顔の中で、大きな目が驚きと戸惑いに、ますます大きく見開かれる。幾筋もの涙の痕が痛々しい。雨の中を彷徨っていたのだろう。濡れた髪が額に貼り付き、服もぴったりと体に吸い付いている。いきなり心臓を鷲づかみにされたような痛みが真澄の体に走る。震える指でマヤの前髪を整え、頬を包み込む。熱い指先に触れた肌は氷のように冷たかった。次の瞬間、真澄はマヤを強く引き寄せていた。

温かい。この人の腕の中は、とても温かい。すべてを忘れてしまいそうだ。でも、この温もりは私のものじゃない…。

「速水さん。こんなことしちゃだめですよ」

自分の腕の中で、呟くようにマヤが言う。真澄の腕が微かに強張る。

「ねえ、速水さん。こんなことしちゃだめです。あたし、あたし…きっと、あなたを困らせてしまう…」

真澄の腕に力がこもる。

「困らせてくれ。俺を…困らせてくれ、マヤ」

低い、苦しげな声で、絞り出すように真澄が言う。"マヤ"と呼びかけられて、胸が疼くように痛み始める。甘美で、恐ろしいような痛み。

「紫織…さん…は?」

マヤは最後の抵抗を試みる。真澄が一瞬凍りついた。そして、何も答えずにいっそう強くマヤを抱き締めた。ああ、もうだめだ。あたし、もう、だめだ。溺れる…この人に溺れる。

どちらからともなく視線を合わせ、一瞬探るようにお互いの瞳の中を見つめると、ふたりは引き寄せられたように唇を重ねた。熱い唇と冷たい唇。その温度差が瞬く間に消えていく。

ずっと、これだけを待っていた。他には何も、いらない。もう、迷わない。

「マヤ…」

ゆっくりと顔を離しながら、真澄が呼びかける。少しも目を逸らすことなく、まっすぐにマヤを見つめる。

「聞いてほしい。いつか言おうと思っていた。俺は、ずっと…君を…」

「待って。言わないで…」

マヤが慌てたように遮る。必死な眼差しで縋るように真澄を見上げる。

「言わなくて、いい。あたし、たぶん、わかってる…」

彼は自分を愛している。信じられないけれど、間違いない。マヤは押し潰されそうな幸福と、それと同じくらい大きな恐怖に何とか耐えていた。

マヤは途方に暮れたような顔をしている。両極端に心が引き裂かれて、どこにもいられなくなったような。真澄は泣きたかった。マヤにこんな顔をさせている自分が許せなかった。ずっとひとりで苦しませてしまった。自分の苦しみにかまけているばかりで、何もしてやらなかった。すべて、自分のせいだ。

「すまない…」

真澄はきつく目を閉じると、再びマヤを強く掻き抱いた。髪に頬を埋め、何度も何度も、腕の中のマヤを確かめるように腕に力を込める。

「離したくない…もう、どこにも行くな…俺に黙って、消えないでくれ…」

愛している、という代わりに、真澄はうわ言のように繰り返す。マヤは、真澄の腕の中で甘い吐息を繰り返しながら、夢のような言葉を聞いていた。これは夢。きっと、目が覚めれば消えてしまう。でも、今は、このひと時だけは、紛れもない現実。せめて朝が来るまでは、夢を見ていたい。

「速水さん…」

自分を見上げる彼女の瞳は、濡れたように潤んでいる。そこには、真澄を惹きつけてやまない何かがある。目が離せなくなる。引き込まれる。彼女の瞳の中に没入していく以外、行き場がなくなる。

「今夜は、今夜だけは、あたしと一緒にいてください…」







雨が上がったようだった。
ゆっくりと起き上がると、ガウンを身に纏って窓辺に立つ。しっとりと濡れた街並みを、淡い月明かりが照らしている。幻想的な眺めだった。
遠い異国の夜の片隅で、私はひとりで何をしているのだろう。ベッドサイドの置時計は午前3時を指している。こんな時間まで真澄が帰って来なかったことは一度もない。不安がゆっくりと満ちてくる。
でも、それはどこか漠然としていて、自分の不安なのにどこか人事のようでもある。
もうひとりの自分が傍らに立っていて、今の自分を冷静に見ているようだ。そのもうひとりの自分の目の前で、紫織はゆっくりとカーテンを開いた。
月明かりが部屋全体を照らし出す。クローゼットに歩み寄り、スーツケースを出すと、ひとつずつ自分の荷物を詰め始めた。思ったより時間がかかった。
一番のお気に入りの白いワンピースはベッドの上に広げておいた。以前に真澄が褒めてくれたものだ。クリーム色のシルクの下着と、蜻蛉の羽のようなストッキング、化粧道具、薬のケース。それ以外はすべて、丁寧に詰めた。

午前4時。

真澄が帰ってくる気配はない。

バスルームに行き、バスタブにお湯を張る。開け放したバスルームから響いてくる、ごうごうという音を背に、ライティングビューロに向かい、ホテルに備え付けられている便箋と封筒を取り出す。
しばらく迷っていたが、紫織は短く何事か書き付けると、封筒に宛名を認める。

『真澄さまへ』







言葉を探すように一瞬開かれた唇が、すぐに塞がれる。宙を彷徨っていた手を、強く捉む。細い指の間に自らの指を絡ませ、固く握り締める。自分の体の下に閉じ込めるように、細い肢体に体重をかける。触れ合った素肌が、瞬間、信じられないほどの悦びを生む。彼女の吐息を逃すまいと、口元に耳を寄せる。まぶたに、頬に、耳たぶに、首に、肩に、次々と口付けを落としていく。何も見えなくなる。溺れる。彼女に、溺れる。

彼の唇に触れられた場所が、順番に焼けたように熱くなってくる。酸欠になったように、短い息を吐きながら、彼の手を強く握る。すぐに握り返してくれる大きな手。胸がいっぱいになって、涙が出そうになる。こんなことをするのは初めてなのに。本当は不安なのに。一瞬で気持ちが満ちてしまう。愛しさのほかに何も感じられなくなってしまう。そっと手を離し、首筋に顔を埋めている彼の髪に触れる。

優しく髪に触れている彼女の指を感じた瞬間に、体の奥で何かが弾ける。最後の砦が、落ちる。真澄は激情の奔流に身を委ねた。

彼の指が、唇が、舌が体中を這い回る。誰にも触れられたことのない場所にも、容赦なく愛撫が加えられていく。思わず示してしまった抵抗にも怯むことなく、彼は優しく執拗にバリアをひとつひとつ溶かしていく。心が裸にされていく。触れ合う素肌が熱くて、眩暈がする。思わず漏れた声をすくい取るように、キスをされる。止まらなくなる。彼にしがみついて、悦びに喘ぎ、心の中で凝り固まっていたものを吐き出すように泣く。

むしゃぶりついてくる彼女を抱きとめながら、これでよかったのだと思う。これで、ようやく始められる。今まで何を迷っていたのだろう。何をそんなに恐れていたのだろう。本当は、とても簡単なことだったのだ。たとえ布一枚でも、離れていたくない。一緒に生きたい。それ以外に望むものは何もない。これ以上の意味は、いらない。

ゆっくりと彼が入ってきたとき、目が眩むような痛みの向こうに、何かが垣間見えた気がした。何だろう。見えそうで見えない。手が届きそうで届かない。やがて、痛みに被さるように強い歓びが心の底から湧き上がり、それは遠のいて行った。体が繋がっていると思うと、胸が潰れるほどの歓びが襲ってくる。それは、体が感じる悦びというよりは、長く乾いていた心が息を吹き返す、その胎動のようなものだった。

真澄も、その胎動の確かな手触りを感じていた、マヤの中で。これから、いろいろなことがふたりの身に降りかかってくるだろう。自分に彼女を守りきれるかどうかはわからない。でも、逃げることだけはしたくない。最後にそう自分に誓うと、固く目を瞑り、押し寄せて来る白い波に呑まれるように、彼女の上に崩れた。





静かだ。さっきまでの熱く、激しい時間が嘘のように、空気が静止している。窓の外は薄暗い。夜明けがすぐそこまで来ている。目を閉じている彼を起こさないように静かに起き上がると、ガウンを羽織って窓辺に立つ。薄暗い通りを自転車に乗った男が通り過ぎていく。彼方に河が鈍く光っている。昨日、ひとりで眺めていたときとは全然違う表情をしている。優しく、穏やかな流れ。

「何を見ている?」

低い声が背後から響く。驚いて振り返ると、寝ていたとばかり思っていた彼が、まっすぐにこちらを見つめていた。

「速水さん…もうすぐ夜が明けちゃう。早く帰らないと」

しんと心が沈む。寂しくないと言えば嘘になる。でも、ここで彼を泣いて引き止めたりせず、笑顔すら浮かべて見送れる自信があった。彼の顔が強張る。天井を仰いで息を吐き、がばりと起き上がると、一息にマヤを抱き締める。

「君がどう思っているかは知らないが、俺はこれで終わりにするつもりはない」

きっぱりと言い切る。その迷いのなさがマヤを不安にする。信じてしまいそうだった。期待してしまいそうだった。それが、何より怖かった。望みなんか持ちたくない。差し伸べられた手を再び失ったら、今度こそ自分は狂う。

「そんな…そんなこと、できるわけない。だめ…絶対だめ」

後ずさりしながら、震える声で訴える。

「何がだめなんだ?」

真澄が怖いほど真剣な目で問う。

「だって…速水さん、結婚してるじゃない。紫織さんが、いるじゃない」

真澄の顔が一瞬歪む。

「別れる。彼女とは、別れる」

その口調の激しさがマヤをさらに追い込む。

「それに、会社は?紫織さんのお家の力が必要なんでしょう?」

「何とかする。別の形で提携できるように努力する。それが無理なら他の手を考える」

真澄はひとつひとつ答えを出していく。マヤは逃げられない。

「速水さんのお父さんは?きっとすごく怒る。そしたら、速水さんはどうなるの?」

「おやじには何も言わせない。俺はおやじにとって必要な人間だ。だが、もし出て行けと言われたら、一から出直すだけのことだ」 真澄はあらかじめ用意されていた答えを述べるように、少しも間を置かずに答える。一瞬も視線を外さない。マヤはだんだん混乱してくる。

「じゃあ、社員の人たちは?ううん、それだけじゃない。世間の人たちが何て言うか…」

「社員は、会社が安泰であればそれで文句はない。世間がどうした?言いたいやつには言わせておけばいい。俺は君がいればそれでいい」

マヤはなおも口を開くが、言葉の代わりに苦しげな声が漏れた。涙が頬を伝う。

「どうして?どうしてそんなこと言うの?そんなこと言われたら、あたし…」

「君を愛しているからだっ」

真澄が叩きつけるように叫ぶ。切ない眼差しでマヤを見つめる。

「君こそどうしてそんなことを訊く?俺が、どれほど君を愛しているか。いつも、気持ちを抑えてどれほど苦しかったか。君が他の男と暮らしていると聞いて、俺は…」

真澄は堪らなくなったようにマヤを引き寄せ、強く強く抱き締める。愛している、愛していると耳元で繰り返す。その声が、強張った心の壁を叩き、中へと流れ込んでいく。すぐに満ちてしまう。

ああ、言わせてしまった。

愛されてしまった。

もう、気づいていない振りはできない。引き返せない。

マヤは軽く慄いた。それが歓びのためなのか、恐ろしさのためなのかは自分でもわからなかった。







体はだるかったが、心は軽かった。頭の芯が冴えていて、何でもできそうな気がする。全身を覆っていた膜が消えて、現実の空気が体の隅々まで行き渡って行くようだ。風景の見え方まで違う。ひとつひとつの物の輪郭がくっきりと鮮やかで、夜明け間近の灰色の街並みすら、とてつもなく美しく見える。おかしいほどハイになっている。
すべて、彼女と過ごしたためだ。彼女を見つめて、その体に触れて、口付けて、幾度も抱き合った。甘い余韻が突き上げる。今すぐ会いたいと思う。落ち着け、落ち着くんだ。そう自分に言い聞かせながら、ホテルのエントランスをくぐる。自分には今からやらなければならない大事な仕事があるのだ。フロントで鍵を受け取る。ボーイが何事か言う。咄嗟に理解できない。ボーイがはっきりと繰り返す。

「奥様は、おひとりでご出発されました。お言付けをこちらに賜っております」

ホテルの封筒に認められた美しい文字をちらりと見ると、ポケットに押し込み、エレベーターへと走る。

広いスイートルームは無人だった。カーテンが大きく開かれており、朝の光が部屋の隅まで射し込んでいる。クローゼットには真澄の持ち物だけがぶら下がっている。ベッドはきちんと整えられ、最初から自分の他に誰もいなかったかのようだ。ベッドサイド テーブルに錠剤のケースが載っているのが目に留まる。紫織が残して行ったのは、それだけだった。がっくりとベッドに腰を降ろし、ポケットから封筒を取り出し、ゆっくりと封を切る。



『真澄さま



いままで本当にごめんなさい。そして、ありがとう。

私は、行きます。どうか、ご自分の気持ちに背を向けないでください。

私も、そうします。

どうぞお元気で。



鷹宮紫織』






からん。何かが封筒からこぼれ落ちる。結婚指輪だった。







紫織は、1時間ほど前にポーターを呼んでスーツケースを運び出し、ホテルに手配させた車で空港に向かったようだった。追おうと思えば、まだ間に合う。でも、真澄は動かなかった。
紫織の鮮やかな引き際に感嘆していた。やはり、並みの女性ではなかったと思う。自分の身勝手さで彼女を巻き添えにし、徒に苦しめたことが心から悔やまれる。でも、追いかけて、謝り倒しても、彼女は喜ばないだろう。それは自分の罪悪感を軽くするための行為にすぎない。顔を上げて、ひとりで行った彼女を尊重しようと思った。いずれ、彼女の前に再び立つことになるだろう。日本で。
そのときに彼女に恥ずかしくないように、自分も顔を上げていられるように、これから生きようと思った。







「忘れ物、ない?」

青治が階段の下から声をかける。マヤはぼんやりと佇み、一ヶ月以上を過ごした部屋を見回していた。すっきりと片付いた、ほとんど物がない部屋。シンプルなベッドと机。天井まで届く本棚に所狭しと並べられた本。
ドアを開いて隣のアトリエを覗く。うって変わって乱雑な空間が広がっている。大小さまざまなカンバスがあちこちに立てかけられ、光の中で埃が舞っている。大きな出窓の前に置かれたソファの上に毛布がかかっている。
いつかの夜、あの出窓に腰掛けて、ふたりで朝まで語り合ったのを思い出す。あの時、生まれ変わったような気がした。
でも、そうではなかったのだと思う。きっと、あの時、自分は一回死んだのだ。そして、昨日の夜、いや今日の朝、再び生まれて来た。そんな気がする。

「マヤ?」

青治の呼びかけに答えながら、階段を降りる。既に荷物はまとめられている。青治が表に止めてある車に次々と積み込んでいく。マヤに気づくと、青治が作業の手を止めて、そうだ、と言う。

「これ、餞別」

茶色い紙で包まれ、紐をかけられた包みを渡す。

「これ…ひょっとして」

マヤが震える声で青治に訊く。見る見る涙が込み上げてくる。

「そう。君のものだよ。君に持っていてほしいんだ」

『追憶』を胸に抱き締めながら、マヤはぽろぽろと涙をこぼす。

「ありがとう。青治さん、ありがとう。本当に。何もかも。あたし、忘れない。絶対」

泣きじゃくるマヤを、困ったような眩しそうな優しい顔で見つめながら、青治は静かにその細い肩に手を置く。

「お礼を言わなくちゃいけないのは僕の方だ。君に会えてよかった」

背後でエンジンがかかる音がする。ふたりが顔を上げると、車の横に、憮然とした複雑な表情の真澄が立っていた。青治が笑いながら両手を上げる。真澄が苦笑し、小さく頷いて見せる。

「そろそろいいか」

マヤに声をかける。マヤがこくんと頷く。

ふたりが乗り込んだ車が、ゆっくりと走り出す。見送る青治の姿が小さくなっていき、やがて見えなくなる。マヤが小さくため息を吐く。

「どうした?名残惜しいか?」

真澄がハンドルを握って正面を向いたまま尋ねる。

「そんなんじゃない。ただ、何か…胸がいっぱいで。ああ、本当に帰るんだなあって」

真澄が小さく頷く。片手を離し、マヤの手を包み込む。
帰る。日本に。現実に。あたしは、帰る。この人と。ふたりで。



ふたりを乗せた車は、目映い光の中を静かに走り続けた。  






7.16.2003



<FIN>









□lapinさんより□
はじめまして、lapinと申します。ここまで読んでくださって、本当に本当に ありがとうございます。
読み逃げばかりしていた卑怯者ですが、 今回、ついに妄想菌の力に抗しきれなくなり、無駄に長い駄文を杏子さまに 送り付けてしまいました。杏子さまのお優しいお言葉で投稿作として日の目を 見ることができ、感動しております。
毎朝毎晩、お世話になっている皆さまに こうしてお話できるのもうれしい限りです。
ESCAPEよ、永遠に。
杏子さま、 いつも本当にありがとう。






□杏子より□
突然、なんの前触れもなくポストに到着していた、巨大ファイルに腰を抜かしてしまいました。なんと、これ、一話ものだったのですよ!!
土日と空いてる時間全てを(!!)つぎ込んで、2週間で完成させたそうです。いやはや、菌の魔の手が伸びると、その進行は早い!といういい見本ですなぁ。。。
後半のパリを舞台にした部分が、特に圧巻!オリキャラの登場、パリの描写、そして移り変わるマヤちゃん、速水さんの心情、ぐいぐいと引き込まれました。
ジカキ初体験ということだそうですが、これほどの大作、lapinさん凄いです!本当に、お疲れ様でした!!
そして、ありがとうございました。まさに、
”愛は地球を救う”
”菌はESCAPEを救う!”










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