目覚めた君の瞳に映るもの
written by YOYO
「まいったな…」

予定よりも一時間近く延長した会議をやっと終わらせ、真澄はエレベータに駆け込むと最上階のボタンを押す。鷹宮との婚約解消を成立させた今、社内の会議といえども隙を見せることはできない。これまで通り、いや、これまで以上に精力的に仕事をこなし、社内外の不審の目を拭い去らなくてはならなかった。たとえ真澄にとって、重要な約束の時間を過ぎていたとはいえ、途中で抜け出すわけにはいかなかったのだ。
秘書室の扉を少々乱暴に開け、水城に尋ねる。

「マヤは?北島マヤは来ているか?まさか、もう帰ったなんてことは…」

「お待ちでいらっしゃいますわ。もう一時間ほど…」

水城が席を立ち上がり、社長室の扉をノックして開けながら言う。

「私も打ち合わせなどございまして、マヤちゃんの相手をして差し上げられなくて……まあ…」

「なん…」

扉を開けたとたん、二人の目に映ったものは…。
広い社長室の一番奥、重厚な机にふさわしい大きな座り心地の良い革張りの椅子、真澄専用のその椅子にまるで包まれるように眠っているマヤの姿だった。

「マヤちゃんったら…待ちくたびれて、社長のお椅子で眠ってしまったのね…」

その信じられない光景に真澄は声も出ない。
マヤが自分の椅子に座っている。そして、気を許しているかのように眠っている…。

「私、まだ仕事が残っておりますので、秘書室に戻らせていただきますわ。お飲物などご入り用でしたら、お声をかけてくださいませ」

何もかも察した顔で水城が社長室を出て行く。扉を閉めるその瞬間、小さく真澄に向かって呟いた。

「真澄様…。信号はとっくに青のようでございますわね」


真澄が鷹宮との婚約解消に踏み切ったのは、マヤの紅天女を観て、ただ自分の気持ちに正直に生きたいと強く感じたからだった。それに伴って起こりうる数々の問題に正面から立ち向かってでも、正直に生きたいと決めたからだ。
マヤの気持ちはわからない。
それでも…。
今日はマヤを仕事の用にかこつけて社長室に呼び出した。もし、マヤが嫌でなければ、断らなければ夕食にでも誘い出そうかと目論んでいたところだった。
確かに、最近のマヤは真澄に対して昔のように「大っ嫌い」だの「嫌み虫!」などと言うことは無くなったし、まるでゴキブリでも見るような目を向けることも無くなっていた。マヤもだんだん大人になったのか…ぐらいに思っていた。
だが…。
こうして、自分の椅子にまるで包まれるように安心した顔で眠っているマヤを見ていると、もしかしたら…、ひょっとしたら…と、淡い期待をしてしまう。

信号は青…。
水城君はそう言ったが、だが、やはり本人の口から聞かないことには信じられないな…。
目を覚ましたら、なんて言おうか…。
目を覚まして自分が目の前にいたら、マヤはどんな顔をするのだろう…。
いや、それよりも自分がどんな顔をすればいいのだ…?
俺は、期待をしすぎているか…?
彼女が自分に好意を寄せているなどと、浮かれた想像なのかもしれない…。
それにしても…よく眠っている…。
睫毛が長いのだな…。こうしてマヤの寝顔を見るのは何度目だろう…。

思わず真澄の指がマヤの頬に伸びる。
その指が頬に触れた瞬間。

「ふあぁぁ…ん」

小さくアクビをしてマヤが目を開ける…が、目の前に真澄の姿を認めそのまま固まる。
真澄は真澄で、どんな顔をして、なんと声をかけるべきか決める前に、マヤが目を覚ましてしまい固まる。
伸ばした手の引っ込みが付かない。
そのまま約15秒。

「は…速水さん…!?」

マヤの呟くような驚きの声に、まず真澄がハッと我に返る。
…何をやっているんだ…俺は…!
俺は、彼女に嫌われているはずなんだ…。こんなことをして、ますます嫌われてしまっては…。
冷静沈着男・速水真澄になりすまし、おもむろに手を引っ込めると、何事も無かったかのように話し出す。

「おはよう、チビちゃん…。ずいぶんと寝心地が良かったようだな…」

マヤは、自分の頬に触れていた真澄の指の感覚を未だに感じながら、朦朧とした頭でこの状況を考える…。

え…っと…。
ここは社長室…。
!!!速水さんの椅子っ!!!
あたしったらっっ!!!

「お、おはようございます…って、すっすいませんっ!!!だって、あんまり遅いから、退屈でついついお部屋の中でうろうろしちゃって、…で、速水さんの椅子があまりにも座り心地がよさそうで、ついつい座っちゃって!…それで、なんだか…なんだかよくわからないけど…すごく幸せな気分になってきちゃって…安心しちゃってって、あれ?あたし、なに言ってるんだろ?」

「…あの、気がついたら…眠っちゃったんです…。ごめんなさい…」

寝ぼけ眼から一気に目覚めたマヤの、整理できていない言い訳を聞きながら真澄は心に渦巻いていた疑惑が見事に解消していくのを感じる。

「あははははは…!!」

「…そんなに、おかしいですか…!?」

真っ赤なマヤに、真澄は最高の笑顔を向けながら、ずっと長い間言いたかったセリフを口に出した。

「今日は、君に伝えたいことがあるんだ…」





8.10.2003


<Fin>









□YOYOさんより□
速水さん、引き出しの中の数々のコレクションがみつからなくて良かったね♪
駄文にお付き合いくださってありがとうございました。






□杏子より□
ガラカメ定番商品、”どこでもかんでも、大事なときに寝ちゃうマヤちゃん”で、ございます。
でも、今回はそれが、いいふうに働いてくださったようで、おばちゃんとしては、嬉しい限り……。
個人的に指が睫にふれる仕草って、すっごいドキドキします。
『睫、長いね。触ってもいい?』
なんぞ聞かれて、うつくすぃ〜お指が伸びてきた日には、失神かもん。(ちょっと、散歩中)
にしても、それにしても、ここで終わりかいっ!!学習しない女・YOYO。教訓を忘れたのか?

教訓::中途半端なところで切ると、末代まで追いかけられる::
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